出来損ないヒーロー#20 終

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一際目立つあの星は、北斗七星だろうか。真宏は星座に詳しくないから、ただ見つめるしか出来ないけれど、その一つ一つの名前を知れたらもっと楽しいことはわかる。 知らないことを知りたい。やった事ないことをやってみたい。 自分の為でもいい。誰かのためでもいい。 やりたい事など、やってみないと分からない。 「……世界で活躍、とか?」 もっと広い世界を知りたい。 もっと色んな人を知りたい。 世界に散らばる色んな興味をありったけ知り尽くして、理解して、そこから生まれる新しい興味にまた向かって歩いていきたい。 「ハリウッド?」 宇佐美が理解してないような顔でそんな事を聞く。真宏は「ぷはっ」と吹き出して「それもいいね」なんて言った。 「……それもいいけど、そうだなぁ……」 世界を知って、自分を知って、それから…… 「夢とか希望とかそういうのをなくさない人生を子供たちに歩んで欲しい」 「……」 「諦めなければ、意志を強く持って、知識を増やして、行動して……。そうしていけば掴めるものは絶対にあるんだよってことを伝えたい」 それは何も子供たちに限った話ではない。 大人になってから諦める人間もいるだろう。そういう人の目の輝きを灯す手伝いが出来たら、こんなに光栄なことはないと思うのだ。 「立派な人間になりたいわけじゃないんです。立派な人間っていうのは死んだ時に初めて周りが感じることだと思うので……。だから、教えたい、とか、伝えたいとか、思う自分がいるなら、まず自分に相応の実績が欲しいなぁとは思います」 黙って聞いていた宇佐美は暫く真宏を見つめたが、ふと視線を空に戻した。 夜空が二人を静かに見下ろしている。 「……そうかぁ」 宇佐美はのんびりそう呟いて、それ以上はなにも言わなかった。 暫く二人で黙っていたが、ふと真宏が沈黙を破った。 「……先輩の、夢ってなんですか?」 これだけ一緒にいて会話をして知った気になっていたけれど、そういえば宇佐美の夢を聞いたことがなかった。 真宏自身も、宇佐美に夢や希望を語ったのは今が初めてだ。 同じことを聞き返された宇佐美はそっと目を瞑り、ゆっくりと口を開いた。 「……明日も生きること」 夜空を写した宇佐美の淡い緑の瞳には、星が映り込んでいて美しいとしか言いようがなかった。 まるで澄んだ泉のような神聖ささえ感じてしまうほどに、彼の瞳に映る星を真宏は黙って見つめ続けた。 「飯食って、寝て、起きて、また飯食って、食っちゃ寝食っちゃ寝出来るってむっちゃ幸せやん」 真宏はそっと頷く。 「そないなこと、やれる人生を送れるなんて思われへんかったし、けど今出来とる。今出来んねやったら明日も出来る。明日も出来たら明後日も、1週間後も半年後も1年後も10年後も絶対に出来んねん。やるしかないねん。そう思て生きれたらええなぁ……」 真宏はゆっくりと体を起こし、砂を払って宇佐美に覆いかぶさった。 「できるよ、あなたなら」 かわいた唇を額に押し当て、微笑んだ夏の夜。 二人の瞳にはもう星は映らなかった。 この夏も、宇佐美から結婚の話をされる事は無かった。それでも真宏は、何も言わなかった。 秋にはたらふく食欲の秋を楽しんだ。 栗ご飯を食べたり、さんまを焼いたり、きのこの雑炊を食べたり。 夏から秋に変わり衣替えを経て、肌寒さに居心地の良さすら感じる。 やっとくっついても鬱陶しく思われない季節がやってくるのだ。 行われた体育祭では相も変わらず運動音痴の真宏以外の人間は、それぞれの得意分野で活躍した。 日帰り電車旅をして箱根の温泉に入りに二人で行ったりもした。 露天風呂は意図せず貸切で、思う存分二人でイチャついた。 結局、秋も、宇佐美から別れ話を切り出されることは無かった。 真宏も何も言わなかった。 そして、宇佐美と別れるまで残り3日ほどとなった。 クリスマスの夜、あと数日で解約してしまう宇佐美のアパートに二人肩を並べる。 ケーキ屋さんで奮発したショートケーキには、クリスマス用らしくサンタやトナカイの砂糖菓子が乗っかっていた。 テレビも何もないワンルームのこの部屋は、世界から切り取られた二人だけが存在しているような空間だった。 ケーキ屋からの帰り道、イルミネーションの前にはたくさんのカップルや親子が幸せそうに光を見上げ笑みをこぼしていた。 きっと彼らには明日があるのだろう。 そんなことをぼんやり思いながら彼らの横を通り過ぎようとした真宏の手を、宇佐美がグッと掴んだ。 驚く真宏が宇佐美を見上げると、宇佐美は全てわかっているとでも言いたげに微笑んで、真宏の手を離さないまま一緒に歩き出した。 「イルミネーション、ここでもやってたんですね」 ケーキ屋に寄る前に真宏たちは都外のイルミネーションに行っていたのだ。
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