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六年連続人気No.1らしいそのフラワーパークのイルミネーションは、どの角度を瞳に映しても光で溢れていて美しかった。
昼間は花が、夜は光が溢れるその場所は幻想的で宇佐美も真宏もまた他の客たちもみんな、圧巻だった。
「近場でも綺麗なもんやな」
「光ってどんな色でも綺麗に見えるの不思議ですよね」
「液体だと赤とか不気味やんな」
「確かに」
吹き出した真宏に対して、真面目にそんなことを呟いて考え込んでる宇佐美。
そんなことを真剣に考えていて真宏はまた笑ってしまった。
イルミネーションの帰りに前からずっと気になっていた屋台ラーメンを食べて、満腹のお腹をこさえてケーキ屋に行く。
宇佐美はお腹いっぱいで食えないと言っていたが、真宏は相変わらずまだ食べられたので、渋る宇佐美を引っ張りケーキ屋に連行したのだ。
レジ打ちの綺麗なお姉さんにケーキを取ってもらい、白いケーキ屋のロゴが入った箱にしまってもらう。
二人で再び手を繋ぎ、箱を持って店内からでる。
「さぶぅ」
「ほんまになぁ」
白い息を吐く。二人して寒さで鼻が赤くなる。
鍵を回し、がちゃん、と音を立てて玄関を開ける。ふんわり香る宇佐美の甘い匂いを嗅げるのももう今日で最後。
「……このアパートなぁ、明後日解約すんねん」
クリスマスを最後に、アパートを引き払うことになっていると宇佐美は言った。
不動産などの手続きが年末年始の休みに入ってしまうからだ。その前に手続きを終わらせなければならない。
引っ越すための荷造りも、ちゃぶ台くらいしかない宇佐美には必要が無いと言う。
「そうなんですか」
あまり驚かない真宏をチラリと見やって、宇佐美は特に何も言わず中に入った。
2日後にはここを退去し、彼は海を渡りカナダの地へと降り立つのだろう。
卒業式には参加するため、1度帰国するらしいが、その後はもう二度と日本の地は踏まないのかもしれない。
これは、かれんから聞いた話だ。
ケーキをちゃぶ台に置いて、真宏が2人分の暖かい飲み物を用意して、宇佐美は皿とフォークを用意して、二人で座布団の上に並んで腰を下ろす。
同じショートケーキを皿に並べて、写真を撮る。
「これ待ち受けにする」
真宏の呟きに宇佐美は微笑む。
「いただきます、しよか」
「はぁい」
二人で手を合わせて最後の「いただきます」をした。
「あまぁ〜」
真宏がクスクス笑いながら言うと、宇佐美も「甘いなぁ」と笑った。
宇佐美は今日も、とうとう言わないで俺の前から消えるのかな。
真宏はケーキをフォークで刺しながら、ぼんやりと思う。これまで幾度となく言うチャンスがあったにも関わらず、結局お互い何も言わずに今日のこの時間まで過ごしてきてしまった。
宇佐美から言って欲しい気もするし、このまま何も言わずに去ってもらいたい気もするし、何とも難しいお年頃だな、と真宏は苦笑した。
「?なにわろてんねん」
宇佐美は口の端にクリームをつけながら不思議そうに真宏を見る。
「……ううん。ちょっと笑いたくなって」
「理由なしに笑うんいっちゃん不気味やで」
引いた顔をしながら言う宇佐美の頬をムニッと摘んで「うるさいよ」と言い返す。
二人してぺろりと平らげて、暖かいココアを飲む。牛乳で作ったココアは格別の美味しさ。
皿を片付けて、もう一度温かい飲み物を入れ直す。
「まひ、オリオン座見に行かへん?」
「オリオン座?どこに?」
湯気が揺蕩うマグカップを宇佐美に手渡し、首を傾げる。
「そこ」
宇佐美がイタズラ顔で指さしたのはアパートのバルコニーだった。
真宏は笑って、「ちょっと待って」と言って、壁にハンガーでかけておいた半纏2枚と、もこもこの靴下を持って宇佐美に渡す。
「これ着て出ましょ。冷えちゃうから」
受け取った宇佐美は「あんがとぉ」と笑って半纏を着て、モコモコ靴下を素直に履いた。
二人で手を繋いでマグカップを持ち、引き違い窓をバルコニーに出て、少しでっぱってるところに腰を下ろし、二人で上を見上げた。
寒い分、空気が澄んでいて星がよく見えた。
「あ!みっけた!」
真宏が指をさして言うと、宇佐美も「あ、ほんまや!」と同じ場所を見つめた。
鼻の頭も耳も寒いので、宇佐美に擦り寄る。
「見えましたね、星」
「見えたなぁ」
真宏は寒さを理由に宇佐美の肩に頭をぽてっと預けた。
二人で並んだ足を見つめる。
来年の今日、この人はもう俺の隣には居ないのだ。
やはり、自分から切り出すべきなのだろうか。
……そう、考えていると宇佐美が沈黙を破った。
「真宏」
「ん?」
向かいの家からは子供がはしゃぐ声が聞こえる。
壁が薄いのか、こんなに寒いのに窓を開けているのか。
楽しそうな家族の笑い声、犬の鳴き声、車の走行音、下の階からはバラエティ番組の笑い声が聞こえてくる。
美味しそうなカレーの匂いや、お味噌汁の匂い。
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