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冬の風に漂って、色んな幸せが流れ込む。
そんな世界で二人、ここではひとつの幸せが終わりを迎えていた。
「……終わりにせぇへんか、俺ら」
唐突に……否、真宏からしたら唐突では無かった。
既にこうなる事はかれんから聞いてしまっていたから。
神妙な声音の宇佐美の腕に抱きつき、真宏は
小さく口を開いた。
「……寒いらしいですよ」
「え?」
「……すっごく寒いんだって、カナダ」
真宏の言葉に宇佐美は息を飲む。
「……やっぱ、かれんに聞いとったんか」
脱力して微笑む宇佐美に、真宏も微笑む。
「先輩、食べないしヒョロいからきっとさむすぎて動けなくなっちゃうよ」
「……」
クスクス笑って言う。これ以上ヒョロヒョロになったら、子供が生まれても子供に抱っこされちゃうよ。
かれんさんの方が力持ちかもよ?
ガタイは良いんだから食べて筋トレしたらめちゃくちゃカッコよくなると思うんだけどなぁ……なんて、余裕ぶってそんな事を考えた。
「だから、いっぱい食べて。辛くても、苦しくても、泣きたくても、ご飯はしっかり、食べてね」
そう言い切ると、宇佐美は思い切り真宏を抱き寄せて、強く、強く抱きしめた。
これ以上抱きしめるものなど無いのに、それでも足りないとでも言いたげに強く、何度もずっと、抱きしめ続けた。
「……まひ、ごめん。……ごめんな」
泣きそうに震えた声で謝る宇佐美に、真宏は微笑む。
「……大丈夫だよ」
そう言うしかない。こうとしか言えない。
本当は全然大丈夫なんかじゃないね。
でもこの一年一緒に過ごして、宇佐美が言い出さない様子を考えたら、きっとこればっかりは俺のワガママじゃ変えられないんだと嫌でも自覚してしまうよ。
きっと、1年前に言い出さなかったのは俺に考える隙を与えたくなかったからかな。
もしくは綺麗な思い出のままにしようとしてくれたのだろうか。
……もしくは、宇佐美が望んでいない現実だったからかな。
そんな、都合のいいことばかり考えて、俺は本当に諦めが悪くて嫌になっちゃうね。
「……俺は信じてる。貴方を信じてます。……だからちゃんと、生きていて」
それくらいのワガママは許してよね。
「俺もちゃんと生きてるから、遠くてもちゃんと生きるから、先輩も勝手に居なくならないでね」
震える手で宇佐美の頬を包む。
宇佐美は柄にもなく、綺麗な碧い瞳から涙を流していた。
こんな時、いつもなら俺の方が泣いているのに今泣いてるのは宇佐美だけだ。
なんだか不思議だな。
泣き虫は俺の代名詞だったのに。
「真宏、世界でいっちゃん、愛しとる」
「壱哉さん。俺は宇宙一愛してますよ」
こんな言葉1つ交わしたところで、何も変わらない。
そんな事は真宏も宇佐美も分かっているのだ。
けれど言わずに居られなかった。
どうせもう会えないのなら、安っぽいこんな言葉だって言わずに居られない。
使い古された在り来りな、こんな言葉でさえ、拾い集めたって言い足りない。
愛してる、なんてそれだけじゃ足りなかった。
そして宇佐美は、アパートを引き払い日本を発った。
こうして、ウサミとマヒロの最期の1年が終わりを告げた。
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[chapter:邂逅]
「先輩、卒業おめでとうございます」
目を開け、隣に座った宇佐美に顔を向けて開口一番そう告げた。
「うん。色々あんがとな真宏」
「何が?何もしてませんよ俺は。こちらこそ沢山お世話になりました」
久しぶりに会えたというのに、あまり会話は弾まなかった。
真宏はぼんやり中庭に聳え立つ桜の木々を眺める。
「ねえ、何時に発つの?」
「12時半くらいの便やな」
「そっか」
それを最後にまた黙る真宏。宇佐美が空を眺める。
これが正真正銘、最後。
ほんの少ししか、会ってないだけで、この関西弁が懐かしい。
懐かしいと思わなければならなくなるなんて思いもしなかった。
交際期間たったの2年。こんなに呆気ない恋愛になるなんて。
「俺なあ、真宏と初めて会うた時ほんっまによぉわからんやつやなあと思っててん」
突然の宇佐美の言葉に真宏は吹き出す。
「なにそれ」
「でも思ったよりしっかりしとって芯があって、男前やった」
思い出すように語り続ける宇佐美。
「真宏なら、美人な奥さんみっけてかわいい子供にも恵まれて幸せに暮らせるやろな。もちろん、男前な旦那さんでもええな」
「そうだね。俺だしね」
「せやせや。元気に幸せに笑顔で生きとってな」
「それはこっちのセリフだよ。体には気をつけて」
「もう、壊したくても壊されへんわ。いらへん言うてもプロのちまっこい料理がアホみたいに出てくんねん。真宏のちょい焦げ卵焼きが何度恋しくなったか」
空を仰いでうんざりしたように言う宇佐美に、真宏は呆れる。
「卵焼きより美味しいでしょ。プロのは」
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