出来損ないヒーロー#20 終

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「いいや。愛がないねん。あれは仕事やから作っとるだけで全然食うてもうまないわ」 本気で嫌がってるようで、説得させるように真面目な顔をしてそんな事を言う。 「何だそれ、わがままな舌だなあ」 「やろ?真宏のおかげで舌が肥えたわ。向こうの料理は案外美味いで」 そんな言葉に、真宏は宇佐美から目を逸らした。 うそ。最後にあった時より痩せてる。きっと本当に味がしなくて食が辛いんじゃないのか。 ……そんな事に気がついたって、今の恋人ではない真宏には何も出来ない。 今の俺にはなんの権利も持ち合わせていない。 「……髪、染めたんだね」 話題を変えるように視線を髪に向けた。 「ああ、仕事やともう染めれへんからなあ」 「ピアスも……あ、」 「せやねん。ピアスも外せ言われてんけど、これは外されへんて大げんかしたったわ。ピアス一つで仕事の能率が変わるか言うてな」 二人お揃いでつけていたピアスを、宇佐美は外さないでいてくれていた。 真宏の頬は自然と緩む。 「嬉しい」 きっと宇佐美と別れてから1番の笑顔をここで見せられた気がする。 それ程までに嬉しくて顔が緩んだ。 「当たり前やん。これは真宏との思い出やもん」 誇らしげにする宇佐美に、真宏は笑む。 「……でも結婚したら外していいよ。かれんさんに申し訳ないし」 真宏の言葉に一瞬何かを言いかけたが、宇佐美は結局言わずに一言だけ返した。 「……そのつもりや」 そしてまた無言の空気が二人の間を流れる。卒業式は既に終わっていて、正門の方で在校生と卒業生の交流する声が微かに聞こえる。 中庭には誰も来ない。 きっと宇佐美を探してる生徒も大勢いるだろうなと思うと、ほんの少しの優越感だ。 でもそれも、もう最後だけれど。 あーあ。 どうして俺は女じゃないのだろう。どうして俺には権力が無いのだろう。どうして俺はお金持ちじゃないんだろう。 ……どうして俺は、子供なのだろう。 「……夢だったり、しないよね」 「夢?」 「宇佐美が結婚するのも、外国行っちゃうのも、もう会えないのも……夢だったりしないかなあって」 微笑む真宏に、宇佐美は何も言わなかった。 「本当なら卒業だってしてほしくないのに、そんな時限の話じゃなくなってるしさあもう。何に悲しめばいいのか」 自嘲気味に言う真宏に宇佐美は「……せやなあ」とだけ言った。 もう抱きしめてもくれないんだね。恋人じゃあないもんね。 「……もう戻ってこないんでしょ」 「ああ」 「もう会えないんだもんね」 「せやな」 「……そっか」 なんで、こうなっちゃうのかなあ。 どうしてもう、会えないんだろう。 クリスマスの夜、泣いてくれたのは宇佐美だった。 泣くほど嫌がってくれたはずのに、今はもう俺を見ても泣きそうな顔すらしてくれないね。 短い言葉で、別れを惜しむこともしてくれない。 「ほな時間やから。もう行くわ」 「……うん」 ほら、そんなに呆気ない。 そうだね、恋人じゃない。 恋人じゃないって、こんなに辛いんだ。 真宏は無意識にピアスに触れる。もうお守りになっているその癖をはじめて見た宇佐美は、そっと立ち上がった。 「まひ、体に気をつけて」 「うん」 「元気ーへん時はちゃんと食うて」 「うん」 「真宏は真宏らしくそのまんまで」 「……うん」 「ずっと、元気で生きとってや」 何も言わずに俯く真宏。 「……じゃあな」 しばらく見下ろしていたけれど、これ以上居ても仕方がないと思った宇佐美は、最後の言葉を言いかつての愛おしい恋人に背を向けた。 そして、ゆっくりと歩き出す。 もう永遠に会えない、愛おしい彼から遠ざかる。 一歩、また、一歩、着実に望まぬ未来へと足を踏み出す。 そして、中庭から抜けようとしたその時、 「宇佐美!!」 強く、懐かしい呼び名で叫ばれた。 そういえば、こうやって名前を呼び捨てして叫ばれるのは何度目やったか。 振り返った先にいた真宏は、満面の笑みで宇佐美に言った。 「逃げませんか!!」 ……え? 「一緒に!!」 「遠くに!!」 そして、 そして、 「ずっと2人で生きようよ!!」 笑顔の真宏の瞳から、とめどなく涙が溢れていた。 陽の光に反射して、キラキラと輝くその涙。 「ねぇ」 ねぇ、 「宇佐美……っ」 ねぇ…… 「……おねがい……っ」 最後の真宏の懇願を聞くのが早いか、真宏が言うが早いか、宇佐美は駆け出して真宏を抱きしめていた。 今度こそ真宏はわぁわぁと声を上げて泣いていた。 宇佐美のシャツにしがみついて、離したくないと言わんばかりに泣いていた。 額に汗を浮かばせて、目からは涙をこぼし続けて、宇佐美にしがみついて激しく泣いていた。 中庭だったからギャラリーが出来ていたかもしれない。
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