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ちょん、と尖らせた唇に塗られているリップグロスは久我のためにつけているのだろうか。
杏も似合いそうだな、なんてシスコン丸出しの思考をしつつヒナの言葉の続きを待った。
「んーなんかねぇ、まあ詳しくは忘れちゃったんだけど、とにかくうさ先輩に関わるとろくな事が無いらしいんだよねぇ〜」
ハゼはイマイチぴんと来ていない様子で眉を寄せてヒナを見ていた。ヒナは何も気にしてないような顔でニコニコ笑いながら、「この菓子パン美味しい~」と呟いていた。
「けどさ、宇佐美サンは現にモテモテなわけじゃんか。それって付き合いてぇって奴がいっからだろ?って事は少なくとも宇佐美サンの周りにいる奴らは宇佐美サンにメリットを見出してそばに居るんだから、ろくな事ないってのは勝手な噂すぎねぇ?」
久我に正論を言われたヒナは「うんとね」と手に付いたクリームパンのクリームをペロリと舐めとった。
それを慣れた手つきで久我はティッシュで拭ってあげている。
「その先輩の事を狙ってる子が多すぎるから、色んなトラブルに巻き込まれたりするんだって〜。あと先輩は何故かメンヘラに好かれやすい!」
……メンヘラってアレか?好きになってくれないなら死ぬ、みたいな、なんかそんな感じのアレだろうか。
「ひなも最初は単なる噂だろ〜って思って好き好きしてたんだけど、周りの子の圧が凄いのも勿論だったんだけどねぇ、それよりもうさ先輩は多分誰とも付き合う気は無いんだろうなって感じがしたんだよね」
「だから久我くんに乗り換えた!」とにこやかに言い放ったヒナに、久我は「俺は代打かよ……」と項垂れている。
「だからさあ、ひな、真宏くんも結構好みだからうさ先輩のとこ行かないで欲しいな〜。久我くんにヤリ捨てされた時、今度は真宏くんにするー!」
まさかの目の前で、久我の代打宣言されてしまい真宏は苦笑した。
「その時はそいつ半殺しにするから大丈夫だよ」
爽やかな笑みを浮かべ久我を見てやれば、視線を逸らしてきた。
「うさ先輩は彼女居ないんだ?」
「今は居ないらしいね〜」
「今は?」
ハゼの聞き返しにヒナは「うん」と頷く。
「って事は前はいたんだ?」
ヒナはパンを咀嚼し終え、久我が持っていたいちご牛乳のパックジュースを美味しそうに啜った後、ハゼの問いに頷いた。
「中学生の頃かな?居たらしいよ。大阪の中学校だからどんな人かまではわかんないけど〜」
そうか、出身は大阪だったな。
「ふぅん、なんで別れたんだろー。ま、そんな様子じゃヤリモクとかだったんだろうけど」
ハゼは呆れたようにそう呟いて弁当を口に含む。そんな呟きを聞いたヒナは「ううん」と首を横に振って否定した。
「違うよ別れてないよ、うさ先輩は」
「え?」
真宏を含む三人はヒナの台詞に驚く。
別れていないのに元カノ?どういう事だ?
「先輩のね恋人さん、亡くなってるの。うさ先輩が上京してくる少し前に」
あっけらかんと言ってのけたヒナとは対照的に、真宏達は口を開けて固まった。
時が止まってしまった気分だった。宇佐美の恋人は亡くなっている。中学生の時に……。
だから誰とも付き合う気が無い……という事なのか。
否、付き合う気がないわけではないのだろう。付き合えない、と言った方が正しいのかもしれない。
真宏にはまだ好きな人ができたことがないから明確に、ああだこうだ語る事は出来ないけれど、ふと想像してしまう。自分の大切な人がある日突然居なくなってしまったら。
自分はその時、宇佐美のように笑えるのだろうか、と。
自分の事では無いのに、重く伸し掛る現実に真宏は少し目眩がした。
ハゼも久我も何も話そうとしないのはきっと、話せる事が見つからないからなのだろう。何となく外の空気でも吸ってこようかと立ち上がりかけたその時、のしっと背中が重くなり「ん?」と首を傾げた。
「おったおった。お前やお前」
ふわりと甘いバニラのような、お菓子のような匂いが鼻腔に届き、真宏の頭にハテナが浮かぶ。気づけばハゼも久我も、あろう事かクラスメイト全員が真宏……いや正しくは真宏の後ろに視線を向けられていた。今は昼休みで先程まで和気藹々としていたはずの教室がシンと静まりかえっていた。
「お、美味そうやなその弁当」
横から伸びてきた白く細い指にヒョイッと摘まれ、最後まで楽しみに取っておいたタコさんウィンナーが持って行かれてしまった。
「あ……ああ!?」
お気に入りが目の前から消えていった衝撃に、真宏は思わず振り返る。
「……っあ、あんた!!」
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