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「俺、昼はここで寝るんが日課なんやけどな、寝てっと、毎度毎度寝込みを襲いに来るやつがおんねん」
宇佐美は疲れた顔をして懇願するような顔を真宏に向ける。
寝込みを襲いに……とは。
「せやから、俺が寝とる間見張ってや。俺の貞操を」
貞操もクソもあるか、ヤリチンのくせに、と心で悪態をつくも真宏はいたって冷静に言葉を返す。
「……なんでそれを俺に頼むんですか?」
接点なんてあんまり無かったし、そもそも信頼できる友達とかに頼めばいいのでは。
「俺、友達居らんし」
真宏の心を読んだかのようにあっけらかんと言ってのける宇佐美。その実宇佐美には友達と呼べる者はいなかった。宇佐美の周りにはいつも人が集っているが、それは宇佐美が呼んでいるわけではない。いわば、花の蜜欲しさに群がるミツバチたちとでも言おうか。
宇佐美は人が好きではなかった。本人から誰かにアクションを起こしたことは過去に一度もないのだ。来るもの拒まず去る者追わず、それが宇佐美のスタンスだった。とどのつまりコレは宇佐美にとって初めて自分から、人と関わりあおうとした結果だったのだ。
「……俺、一応男ですけど……」
真宏が念の為そう言うと、宇佐美は「はあ?」と顔を歪ませた。
「分かっとるわ。お前はどっからどう見てもチンチンやん」
「……はあ!?ち……!?どんな表現だ!!」
人を表す単語で「ちんちん」と使うのだろうか。最近の流行なのか。
「俺のガチの方の枕やってやぁ〜」
「嫌ですよ!そんなのに巻き込まないでください!大体それなら俺じゃなくたっていいじゃん」
自分でなければいけない理由が特別欲しいわけではない。ただ、はいそうですか、とあっさり了承するのは少し癪だっただけだ。
自分でないといけない理由があるのであれば、優越感には浸れるだろうけど。
「お前がええねん」
「……」
あおいろの瞳に自分が映り込んでいる。空に溶け込むような色であるのに、きっとこれは曇天だ。感情が一切ない瞳に真宏は騙されない。
「え?俺に惚れてんの?」
何も答えない真宏を不審に思った宇佐美は的外れなことを口にした。
「好きじゃないわ、勘違いすんな色ボケ男」
「なんなん」
楽しそうにケラケラ笑う宇佐美に、真宏は呆れてため息を吐いた。
「まあ安心せぇ。俺も毎日来とるわけやないし、学校来た時呼ぶだけやから」
「なんで決まった前提で話進めるんですか」
「俺が頼んでんのに?」
真宏は過去一番顔を歪めていた。その顔を見た宇佐美がツボにハマったのは言うまでもない。
真宏は机に突っ伏し、疲労感に深いため息を吐く。先日、校内で色んな意味で有名な宇佐美に呼び出されたせいで真宏は、クラスメイトのみならず他クラス、他学年の……主に女子から質問攻めにあっていた。ああでもない、こうでもない、と言われ続け真宏はすっかり気疲れを起こしていた。
「真宏が疲れてる」
「すげぇアイドルの握手会みたいに女子が並んでたもんな。真宏目当てじゃねぇのに」
「……最後の一言は余計だ」
真宏に睨まれた久我とハゼは、スッと目をそらす。真宏は普段からハゼや久我とは違い、周りに人が寄ってくるタイプではないので、一段と疲労感が重かった。
「ねえ、まひ……」
「まーひろ」
机に突っ伏してぐでりきっている真宏に何かしら声をかけようとハゼが話しかけた時、空気を読まない男に突如遮られた。真宏はポンッと頭に手を置かれた感覚に「次は誰だよ」とげんなりしつつ嗅いだことのある香りがふわりと鼻腔に届いたことに更に気が滅入った。
「ゲッ……」
「ゲッてなんやねん、失礼な奴やなあ」
「……何用でございますか」
学校の話題を攫っていくような人物が結構な頻度で自分たちのクラスに登場し、騒ぐことも忘れ息を飲んで見守ってくるクラスメイト達を横目に、真宏はまたか、と思いつつ宇佐美を見上げた。
「一緒に昼食お」
るんっ、と音符マークが語尾につきそうなくらいきゃるんと言う宇佐美は慣れたように真宏の肩を抱く。素で距離が近い人なのか、人を避けたいのかよくわからない。もしかたら宇佐美自身もよくわかっていないのかもしれない。真宏は「えー」と思い切り顔を顰めて目を細める。
既に眠いし疲れたし面倒くさいし、そんなに寝たいなら帰ればいいのに。
「え〜って、約束したやん」
約束をした覚えはないが、頼まれたのは覚えている。だってこの疲労感はそのせいなのだから。
「あー」
大体なんでそんなことのためにコイツはわざわざ教室にまで来るのか……。確かに顔色はお世辞にもいいとは言えないし、目の下もうっすら隈があるようにも見える。肌の色が白いから目立つと言えば目立つが、昼寝を死守しなければいけない程、夜眠れない事情でもあるのだろうか。
というか何も律儀にいう事を聞く必要もないのだが、真宏は少し考える。
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