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……まあ、痴漢を助けてくれた借りを返すと思えばいいか。
自分を納得させため息を吐くと、こっちの事情なんか気にも留めない宇佐美は「はよ行こぉ」と腕を掴んで立たせようとしてくる。仕方なく真宏は久我たちに一言断りを入れようと振り返ると、何故かハゼが真宏の前に一歩出た。
「あの、真宏疲れてるみたいなんでまた今度にしてくれません?」
「そぉそぉ。コイツ今日は握手会で忙しかったんで」
久我とハゼが、宇佐美の手を真宏から引きはがし、警戒心丸出しの野良猫のように睨み、真宏にぎゅうと抱きついて更に宇佐美から距離を取ろうとした。先日約束したことなのに何故他人に邪魔をされるのかと宇佐美はキョトンとして、二人を見ている。
「え、二人とも……どうしたの?」
斯くいう真宏自身も予想していない事態にキョトンと二人を見ている。ハゼは心配性だけど、久我までノッてくるとは思わなかった。久我は真宏をじろりと見下ろして"黙ってて"とアイコンタクトしてきた。
久我も真面目にしてれば顔はかっこいいんだけどなあ、なんて呑気なことを考えていた。
「それに、真宏の先約は僕達なので先輩はまた今度にしてください」
「そーだそーだー」
ハゼの牽制に久我は適当に合いの手を入れて真宏を抱きしめた。これでは完全に宇佐美が悪者みたいな扱いになってしまっている。それはそれで面白いけれど。
「えー、せやけど真宏と約束したんは事実やで。一緒にご飯食うてくれる〜って。せやのに何があかんねん。真宏がええよて言うたのに……」
しょんぼり耳垂れ犬のように、しゅん、としてしまった宇佐美に何故か罪悪感を抱いてしまう。いつも飄々としている一学年上の先輩の悲し気な顔にハゼと久我も困惑した表情になって二人、顔を見合わせていた。
「先輩なら女の子も男の子も選り取りみどりでしょ?なんでコイツなんスか」
それでも久我はしょんぼり宇佐美に食ってかかる。そこは真宏も気になっていたことだった。結局あの日はぐらかされてしまったし、自分もそこまで深く訊こうとはしなかったから真実を知れていないままだったのだ。久我に問われた宇佐美は一瞬だけ表情を消した。
真宏は何故か本能的にその表情が宇佐美の本当の顔なんだ、と確信した。基本的に宇佐美は真宏よりは愛想がいい部類の人間なのだろう。
いつもニコニコ穏やかであるし、少なくとも真宏は怒ったり不機嫌な顔をしているのを見たことがない。強いて言えば、めんどくさそうな顔はよくしているけど。
それに比べたら、真宏の方がよっぽど愛想がなく冷たい人間に見えがちだなと自覚している。真宏は心を開いた相手にしか懐かない。広く浅いタイプではないのだ。
一方で宇佐美は広く浅く交友関係を広げているタイプの人種らしい。
けど真宏は思う。そういう人間は、相手に興味がないのだろうな、と。
自分が優しい人間だとは思わないけれど、宇佐美は他人に冷たい人間なのだろうなと勝手に思っていた。
久我からの質問に宇佐美は「う〜ん」と考え、視線を彷徨わせていたが不意にパッと閃いたらしく満面の笑みで言った。
「お顔がかわえーやん」
まさか顔がいい奴に顔がいいと言われるとは思ってなかった真宏は、嬉しいやら、なんだその筋の通ってない回答だ、だとか、ていうか顔かよ、みたいな色んな感情が一気に押し寄せ、間抜けにも口をぽかんと開けて呆けた。黙る真宏とは対照的に、宇佐美の台詞を聞いたクラスメイト達は何やらざわつき始めている。
「やーっぱりダメー!!」
真宏が口をあんぐり開けていると、ハゼはぎゅっと真宏を抱きしめて宇佐美から遠ざけた。
「ちょ、ちょっとハゼ!」
その衝撃に我に返った真宏が慌てて制す。
「真宏はダメー!!」
小さな子供の駄々のように宇佐美に敵意丸出しのハゼに、真宏ですらも困惑した。
「えー!なんでなーん!真宏からも言うたってやぁ〜!俺ら約束したやろ?な?なんであかんねん!」
なんでか許可を得られない宇佐美までもが駄々を捏ね始める。ハゼの駄々と宇佐美の駄々の攻防戦が始まり、久我は「うわぁ」と引きながら二人を見ていた。教室もいたるところでクスクス笑いが聞こえてくる。それでも駄々を止めない末っ子二人に、真宏は段々イライラしてきたので、ハゼをぐいっと引き剥がして息を吸った。
「うるさいお前ら!!やるなら表出ろ!!」
真宏の怒声は教室外にも響いたらしく、廊下にいた生徒たちがなんだなんだと覗きにき始まってしまう。もう全部が面倒になった真宏は鞄を持ち、駄々を捏ねる宇佐美の腕をつかみドカドカと教室から出る事にした。
「まぁひぃ〜、いつまで怒ってんの」
無事に教室から脱出を成功させた真宏は、宇佐美の嫌味たらしく長い足の間にすっぽりと収まり体育座りでもちもち弁当を食べていた。
今日は昨日の夕飯の残りの焼肉にちょっとおかずをプラスした肉弁当だった。
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