第11話 「在過と神鳴の休日 」

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第11話 「在過と神鳴の休日 」

 スーパーまで買い物に来た在過(トウカ)神鳴(カンナ)は、買い物カートを押して店内に入る。8月中旬の真夏は、数分程度の距離のスーパーに向かって歩くだけでも、汗がしたたる二人は店内のひんやりした空間が心地よく感じる。 「ふぅ~涼しいね」 「だな。どんどん暑くなってくるよな」 「ねぇ~。あっ! アレ買ってくる!」  小走りで向かった先にお刺身コーナーがあり、3パックほど抱えて戻ってくる神鳴。満面の笑みで戻ってくる姿を、カートを押しながら見ている在過は、それだけで幸せな気持ちになる。神鳴と出会うまで、買い物は一人で行くものだし、ご飯も一人で食べることが当たり前になっていた在過にとって、世間一般的なことかもしれない日常は特別だった。 「そんなに、なに持って来たんだ?」 「えへへ、美味しいんだよ」 「全部サーモンかよ!」 「サーモンは美味しいんだよ! 少しあげるよ」 「3パックも持って来て、少ししかくれないのかよ」 「在君もサーモン好きなの? なら、まだ沢山あったから持ってこようか?」 「……食べたいなら、自分用で買えと言う事ですねお姫様」 「そんなぁ、お姫様だなんてぇ~。急に本当のこと言っても、こんな場所で何もできないよ」 「なにをする気だよ」 「ちゅ~~~」  300g入っているサーモンパックを抱きしめながら、キスの真似をして迫ってくる神鳴。子供が、好きなお菓子を見つけて喜んでいるような様子が、在過は微笑ましく楽しかった。  しかし、平日のお昼頃とはいえ、スーパーには沢山の奥様方いるわけで、そんな場所でキスができるわけもない。在過は、体を仰け反らせて避ける。 「馬鹿なことしてないで、さっさと買い物して帰ろう」 「ねぇ? 嫌なの? 神鳴とキスしたくないの? ねぇ? なんで避けるの?」 「ちょっ。こんな場所で、できるわけないだろ」 「ねぇ、どうして? 誰かに見られたらマズい人でもいるの?」 「普通に考えて、公共の場でそんなことする奴を他の人が見たら、絶対に気持ち悪いだろ」 「ねぇ、ちゃんと答えてよ! 誰かに見られたマズい人でもいるの!?」 「いない。いないから」 「じゃぁ……神鳴だけ?」 「そうだよ、神鳴だけ」 「えへへへ。もうっ帰ったら、いっぱい! ちゅーする!」  そんなやり取りを繰り広げていると、在過達の付近にいた女性客が笑っているのを目撃する。恥ずかしさから、在過はカートを押してその場を離れる。 「ちょっと、一人で行かないでよ!」 「さっさと買い物するよ」 「お昼はお惣菜とかでいいんじゃない?」 「それでもいいけど。カゴの中に3パックもサーモンがあるけど」 「これは神鳴の分。食べたいなら、持ってくるよ?」 「いや、大丈夫」 「……あげないよ」 「取らないよ!」  お惣菜&お弁当コーナーに立ち寄り、それぞれ食べたいお弁当を調達する。夕食用の献立は、神鳴がハヤシライスが食べたいと言い出した為、在過は食材を調達していた。  先ほどまで隣にいた神鳴の姿が見えず、周囲を探していると、お菓子コーナーでしゃがみ込む姿をみつけた。そっと近づく在過に気づかず、神鳴は両手にスナック菓子を持って選んでいる。  在過は、後ろから何を選んでいるのか覗き込むと、普段から遊んでいるアプリゲームキャラのイラストカードが同封している、チョコクッキーのお菓子だった。選んでいる表情は真剣で、二種類のパッケージを交互に見ている。 「買うの?」 「わっ! びっくりしたぁ」 「わるい」 「ん~。こっちの第一弾は持ってるんだけど、まだシークレットがでてなくて。この第二弾は、まだ買ったことないから、迷ってる」 「両方買えば?」 「いいの!」  両手にお菓子を持ち、腕を伸ばして在過に見せつける。微笑みながら体を左右に揺らし、カゴの中にお菓子を5個入れた。 「もしもし神鳴さん」 「なぁ~に?」 「カゴの中に、5個も入っているんですが」 「えぇぇ! 買ってもいいって言ったじゃん」 「いやいや、二つだよ! なに、しれっと個数増やしてんのさ」 「いいもん。神鳴もお金だすから」 「……1000円しか持ってないじゃん」 「な、何で知ってるの!」 「昨日、呟いてるの聞いたから、あと1000円しかない……どうしよって」 「大丈夫。このお菓子、1個300円だから」 「もしもし神鳴さん!? 1個300円だったら、所持金で足りないよね?」 「えへへ」 「しかも、さっき買ったサーモン3パックで2000円超えるんですけど」 「それは、少しあげるから」 「はぁ~。いいよ、全部僕が買うから」 「本当! ねぇ? もう1個ダメ?」  神鳴は、同じお菓子を棚から取り出すと、そっとカゴの中に入れた。ジッとその光景を見つめている在過と、楽しそうに、入っているかもしれないイラストカードの詳細を伝えてくる神鳴。在過も知っているイラストカードではあるが、正直グッズ等に興味はなかった。 「同じものが出たらあげるよ」 「いりません」 レジでお会計を済ませた在過は、四袋分の買物袋を両手に持ちスーパーを出る。先ほど買ったお菓子を開けて、中身を確認している神鳴が後ろから付いてくる。喜ぶ声や、落胆する声でお目当てのカードをゲットできたのかわかるほど、感情が豊かな女の子だなと感じていた。 「食べてもいいよ」 「ありがと」  メインのお菓子であるチョコクッキーを食べながら、二人は帰路についた。数十分前に泣いていた神鳴と、口論した母親の事を思い出しながら、隣にあるく神鳴を見る。  在過は、母親に言われた言葉がフラッシュバックするかのように鮮明に思い出してしまい、心臓に痛みが走る。あの母親は、僕を嫌っている。むしろ、憎むべき対象となっているようだ。初めて会うにも関わらず、最初の印象は最悪となっていることに在過は落胆していた。 「どうしたの? もう一枚たべる?」 「いや、何でもないよ。暑いなぁって」 子供のような、無邪気な笑顔でお菓子のおまけカードを眺めている神鳴の姿が可愛く、この人と一緒に過ごしたい。もっと彼女の事を知って、家族になってみたい。そんな欲求が膨れ上がる思いを、在過は感じていた。 「ふぅ~疲れた」 「暑いねぇ」 「夕食の食材、冷蔵庫に入れるから、お昼の準備よろしく」 「わかった!」  お昼は、お惣菜とお弁当を食べて過ごし、月額動画サイトでアニメ映画を視聴して、ゆったりと過ごす。気づけば、神鳴は在過に(もた)れる状態で寝息を立てている。 「あれだけ泣き叫べば、眠たくなるよな」  そっと髪を撫でながら、在過は神鳴を持ち上げてベットに寝かせつける。空調を少し下げ、タオルケットをかける。起こさないように気を付けながら、在過はカバンからタバコとライターを持って家を出た。  家のすぐ側にある下り階段に座り、一本の煙草を口にくわえて火をつける。神鳴はタバコを吸わないので、一緒に過ごしているときは喫煙しないようにしていたのだが、午前中の出来事に疲れ、いいタイミングで神鳴が寝たこともあり一息つく。  携帯を取り出し、通話アプリを起動させ一人の友人に電話をする。何度か連絡が来ていたが、対応することができなかった事情もあり、在過から電話を掛けた。 「あ、もしもし? ノウたりん?」
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