第26話 「お見舞い3」

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第26話 「お見舞い3」

「あ、とう君」 「よっ。続きのドラマ?」 「これは昨日から観てる新しいやつ」 「ほぉ~、僕も観てみるか。なんてタイトル?」 「えぇっと……、天国の階段ってやつだ」 「仕事休みの日に観てみるか」 「まだ途中だけど、すごく面白い」 「ほら、いつものプリンと、今日は牛乳プリンも買って来た」 「おぉぉ」  カバンからプリンを2つ取り出し、個室に設置されている冷蔵庫に1つ保管する。在過(とうか)は、ベットの隣にある棚から使い捨てスプーンを取り出して、妹である友理奈(ゆりな)に手渡した。  また、棚の横に立て掛けられている、来客用の折り畳み式椅子を持って来て友理奈の隣に座る。いつもと変わらぬ光景にほっとする在過だが、彼女達とのトラブルが気分を害していた。なにもなかったように、いつものように笑って過ごせばいい。それだけを脳内で繰り返し言い聞かせながら過ごしていく。 「なにかあったの?」 「ん? なにもないよ」 「なんか変」 「そうか? 今日は入浴担当だったから疲れてるんだな」 「うわっ大変そう」 「だろ」  半分ほどプリンを食べ終えた友理奈は、スプーンを置くとベットから降りようとする。側に置いてあるスリッパを履き、左手で点滴スタンドを掴んでゆっくりと立ち上がった。 「ちょっとトイレいってくる」 「ほら、危ないから掴まって」 「大丈夫だよ~。いつも一人で行ってるから、心配しすぎ」 「いいんだよ、ついでにトイレ行きたいから」 「うわっウンチだな」 「ちがうよっ!」  在過は、ケラケラ笑う友理奈の右側に立って、体を支えるように手を添える。その感触は骨の感触で硬く、同年代の二十歳の女の子と比較しても健康的とは言えない。なんとかしてやれないか……と考える在過だが、精神疾患となると簡単ではないことを知っている。  個室にトイレは設置されていないため、部屋から出た右側通路に共有トイレがある。そこまで転倒リスクを常に考えながら、体を支えて歩いていく。  体重や体力がないため、友理奈は少し歩くだけで肩呼吸している。入院して体重はすこし増えてるとは言え、平均体重を下回っているのだから安心はできない。 「ありがとう」 「ん、行ってこい」 「とう君はウンチしておいで」 「だから、ちがうってぇの!」 「あはは」  女性用トイレの中に入って行くのを確認し、在過は側の壁に背を預けて出てくるのを待つ。ほんの数秒後に、女性用トイレから嘔吐する嗚咽が聞こえる。険しい顔で在過は意識を集中して、なんど嗚咽したかを数える。  嗚咽の響きと、咳き込む響きが聞こえ、半分しか食べていないプリンでさえも体は受け付けないようであった。また、担当医に言われていたことでもあるが、体重がある程度回復した場合は退院が余儀なくされる。  在過も、退院できることは喜ばしいことだと思っているし、入院医療援護金で援助されているとはいえ、入院費なども馬鹿にできず負担がでかい。  入院しては退院を繰り返しているこの状況も、友理奈にとっては苦痛でしかないだろう。また、在過の仕事柄夜勤があるため、友理奈が退院した場合、姉妹である妹のえりかの家で過ごしている状況も、高校を卒業して就職したばかりのえりかには負担だ。 「資格も得たし、そろそろ定時で帰れる職場に転職するべきか」  そんな時、女性用トイレ内から、カラカラと点滴スタンドの音が聞こえる。 「うわ、もういる」 「そりゃぁ女性と違って早いだろうよ」 「うち、おしっこ全然でなかった」 「そっか。まぁ、沢山お茶を飲めばいいんだよ」 「飲んでるけどなぁ~」 「そういえば、ゆりに渡してほしいって言われたお土産があるぞ。中身が何か知らないから、一緒にあけるか」 「おおぉ! 早くあけよぉ」  在過は、妹の体を再度支えながら居室に向かった。
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