爽やかな春風とともに

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 グラウンドの光景をしばらく観察していると、どうやら一年生の実力チェックをしているようだった。怒号にも聞こえる大声は、私の耳にも届いている。  強豪の部活に入部しようとする男の子たちは、さすがに基礎がしっかりしている子が多くて、私もあの中に混じって、見てもらいたいなあと思った。  じっと見ていたけれど、さすがにお弁当を持って行かなきゃならない。名残惜しくグラウンドに背を向けて、体育館に行こうとしたときだった。 「危ない!」  声に対する反応は、遅くはなかった。でも、振り返ったときにはすでに、眼前にサッカーボールが飛んできていた。  授業や部活で使うボールが、敷地の外に飛んでいかないようにと高いネットが張られている。えっ、あれを越えたの!?  パスとは違い、力任せに放たれたボールを、トラップするのは難しかった。私はなんとかギリギリでよけた。サッカーボールが勢いそのままに転がっていくのを追いかけた。  中学生とは思えないキック力だ。どんな人が蹴ったんだろう。 「ケガ、してませんか?」  丁寧な言葉遣いは、遠目では私の年がわからなかったからだと思う。 「あ、はい。よけられたんで平気です」  顔と声で、自分よりも年下だという判断がついたのだろう。その人は、ホッとした表情で近づいてきて、微笑んだ。 「ああ、よかった。後輩が蹴りすぎちゃって」  彼が示した方向には、男の子がいる。ちょっと遠目で、どんな人かはわからないけど、あんなにボールを飛ばせるとは思えない、ひょろっとした体形だ。背も低い。  たぶん、あの子だけじゃなくて、みんなでふざけてたんだろう。 「ところで、うちの学校に用事?」  尋ねられて、ハッとした。やばい。みどり姉に怒られる。   「えっと、姉にお弁当を届けに来たんですけど・・・・・・」  「この時間に部活をしているってことは、バスケ部かな? 体育館の場所はわかる?」  なんとなくは。  あいまいに頷いた私は、ボールが自分の足下にまだあることを思い出した。 「あっ、ボール。返しますね!」  足ですくい上げ、腿で一回トラップ。それから数メートル離れた彼の胸元へとパス。受け止めて、彼は目を丸くした。 「君、上手いね。ナイスパス。用事終わったら、うちの入部テスト受けてみない?」  ああ、やっぱり男だと思われてるか。  別に珍しいことじゃない。中学の制服はもうしょうがないから諦めるけれど、私服でひらひらした女の子っぽい服は一枚も持っていない。  ベリーショートの髪の毛に、ジャージがお決まりの格好だ。だから、初対面の相手にはだいたい男の子だと思われる。  よくあることだし、慣れている、はずなんだけど。
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