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「.......人の心は、.......目に見えないから、いつだって怖い。......."嫌いじゃない"って口で言われてても、本当は何を思ってるか.......分かんない.......そんなことを、思ってしまう自分も、嫌だ.......」
珍しく弱音を自ら吐いてくれた。由伊は弱々しく呟く律に、「ねぇ、抱きしめていい?」と聞いた。
「えっなんで急に」
ボッと顔を赤くした律が、驚いた顔で由伊を見上げた。
「ねぇ、いい?」
聞き返せば、律はおずおずと「.......うん」と頷いてくれた。不安だから、許してくれたんだろうな。小さく細い身体を腕の中にすっぽり閉じ込め、由伊はゆっくり話した。
「怖いよね。俺も怖いなぁって思う時、あるよ一〇〇パーセント裏表の無い人なんて居ないし、そんな事してたら上手く生きられないしね。けどそれは、俺から見た律くんだって同じじゃない?」
「え.......?」
「俺も、律くんがこう言ってるけど本当はどう思ってるんだろ、って良く考えるよ」
「そ、なの.......?」
律はぱちぱち、と大きな瞳で由伊を捉える。気分は、小さい子に見上げられている近所のお兄さんの気分だ。
「そ。考えるよ、律くんの心だって視覚化されていないもの。けどそれは生きてコミニュケーションを取る上で当たり前の事じゃない? 相手は今何を考えているんだろう、って完璧に悟られるのも気持ち悪いし、全然空気読んでくれないのもイラつくし」
コミニュケーションは、難しい。由伊はずっと、律に出会うまでそう思っていた。自分自身、律には隠していたが真っ直ぐ生きてきたわけじゃない。紆余曲折あって、今は彼に恋している。
「律くんは多分、嫌われないように、嫌われないように、って強く思っているから相手と話す事に疲れて、億劫になって怖くなっちゃってるんじゃないかな」
嫌われたくない、でも自分を殺したくない。ずっと思っていた自分は、いつか壊れていた。中学までの由伊は、誰にも教えたくない嫌な自分。
「.......怖いよ、嫌われたら、ひとりだもん」
驚いた。ずっと、独りが良いんだと思っていた。橘宇己が来ない日は一人だったし、ほとんど一人で過ごしていたから.......。
「.......律くん、1人は嫌なの?」
由伊の問いに律は少し首を傾げて言った。
「一人が嫌なんじゃなくて、折角俺を見てくれた人に嫌われるのが嫌だ.......。俺は一人なのは慣れてる。一人だと心地がいい。でも、一回でも俺を見て話しかけてくれた人に嫌われたら、それは本当の嫌いじゃん。食わず嫌いならまだ全然ダメージは少ないけどさ.......」
.......なるほど。本質的に嫌われるのが怖いってことか。
「だから律くんは、言葉を選んで嫌わないように、俺達の顔色をずっと見てたんだね?」
「.......うん。そんな、分かりやすかった? .......ごめん」
「ううん、全然だよ。むしろ律くんがこのまま疲労で倒れちゃわないか焦った」
苦笑しながら言えば、律は「.......ほんとはね、」と小さく言った。
「本当は、大人の人が苦手ってのも大きい、かも.......」
「大人の人?」
「.......うん。.......けど、由伊のお母さんとお父さんは好きだよ。大人の人は苦手だけど、良く思ってくれているのは知ってるし、酷くしないってちゃんと、由伊見てたら分かる」
"酷くしない"、か。
ここで訊いても答えてくれるのかな。いやきっと今は、止めた方が良いんだろうな。今は彼の不安を解いてあげなければいけない。
「そっか、理解してくれてありがとう。あの人たちも喜ぶよ絶対、バカみたいに」
おちゃらけて言えば、律くんはクスクス笑ってくれた。
「だからこれからも、遠慮なく遊びに来てね? 一泊二日でも、二泊三日でも少しずつで良いから、うちに慣れてってよ」
笑顔で言えば、律は安心したように笑ってくれた。
「ありがとう、由伊」
夕方になり、律を家に帰さなくちゃいけない時間になる。由伊は律を家まで送り届けるのに家を出て、一緒に歩いてアパートまで見送った。道中、律とは少しだけど話をした。大半が由伊自身の話だけれど、律もぽつりぽつり、自分の話をした。本当にほんの少しだけど、甘い物が好きな事と、大人が苦手な事。
辛いものが苦手な事を教えてくれた。大人の人が苦手な理由は教えてはくれなかったし、由伊も敢えて聞かなかった。
聞くのは今じゃない、と何となく直感が言っていたから。
律のアパートから帰る途中、京子に『律くん送り届けたよ』とメールをすると、直ぐに返信が帰ってきた。
「......."駅前のカフェに来い"?」
京子から届いたメールを読み、由伊は駅前の京子行きつけのカフェに向かう。
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