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Iと蛇 #2
自分が何をしたと言うのだろう。
運が無いと言ってしまえばそれまでだけれど、そんな言葉一つで終わらせるには、あまりにも重く苦しい毎日だった。
『たすけて』
この言葉一つ言えない自分もまた、憎らしいと思った。
Iと蛇 #2
犯されたあの日。
あの一日で終わる筈が無かった。
いつの間にかあの時の男達仲の一人の人物の連絡先が携帯に入っていて、翌日から律の元へ連絡が来るようになった。
内容はいつも、指定の場所とあの時の動画。授業中であっても、それに従わなければならない。
呼び出されるようになってから一週間が経ち、そして今日も、
「あ、あんっ……んぅ……ッ」
「もうすっかりココ、俺の形になってんじゃん」
最初とは比べ物にならない程、身体が快感に素直になっている。苦痛はもう無い、筈なのに、今はもう快感が苦痛だ。
「あ、あぁあぁ……ッ」
「まだイクんじゃねぇよ」
「ひ、な、んで……ッ」
折角イケたはずなのに、ぎゅっと根元を掴まれてしまい行き場を失った精子が塞き止められ、苦しくなる。
「ぁ、あ、せんぱ……っ、はなし、て……!」
「先輩、じゃねぇ。名前教えたろ」
「……ぁ、ああぁ、はげし、り、りゅうさ、あッ」
手を離されお腹の方をグッと突かれたら、目の前にチカチカと星が降った。
「ん、イク、……ッ」
「……ぁ、ああ……ッ!」
律より一学年上の男は、律のナカでいつも当たり前のように吐精する。孕むわけでもないのに自分で締め付けてしまったことにより前立腺が刺激され、当然のように律も射精した。じわりと他人の体温を体内で感じることに、吐き気と共に何故か安堵感を感じてしまう自分がいて、酷くショックだった。
「段々、可愛い顔になってくるなお前」
すり、と頬を撫でられ律は目を瞑り顔を背けた。今ではキスをされても、何をされても無感情な自分が居た。自分は、ただの人形だ。無(セックスドール)だ。
何も感じない、考えない、都合のいい身体があればコイツは満足なんだ。
「じゃ、またな」
機嫌よく去って行く男を見ること無く、律はやっと震え始めた身体を自分で抱きしめ静かに泣いた。気持ち良かった筈なのに、行為で満たされるのは快感に飢えた醜い心の小さな隙間だけ。この行為は好きな人とはしたことがないのに、行為が生む快感の暴力に慣れている、そんな自分が醜く憎かった。
*
おかしい、そう由伊は感じていた。
彼の様子がここ一、二週間だいぶおかしい。
彼は真面目な人間だから今まで授業中多少居眠りする事はあれど、サボる事は無かったのに。最近は、頻繁に授業を抜け出し帰ってきたかと思えば、青白い顔をしてその後はずっと眠っている。帰ればいいのに律儀に授業には参加していて、真面目で可愛いのだけどやっぱり何処かおかしい。由伊はこの疑問に確証を得るため、放課後になったタイミングで宮村が帰る前に近寄った。
「宮村」
机に伏せて眠る律の肩に優しく触れる。すると、少し指先で触れただけなのに律の身体がびくりと大袈裟に震え、可哀想な程に真っ青になった顔を上げた。
「……ゆ、由伊……」
触れたのが自分だと認識した途端、律は明らかに脱力して息を吐いた。一体誰と間違えたのだと問い詰めたい気持ちを堪え「俺だよ」と返した。戸惑うように視線を彷徨わせる彼に疑いを持ちつつ久々に近くで向き合うと、いつもより肉が減り鎖骨が出ている気がした。
「なに……」
律の抑揚のない声が由伊の焦燥を煽る。しかしここは冷静に、目線を合わせ問うた。
「ねぇ、宮村。なんかあった?」
静かに問い掛けると、律は表情を変えないまま由伊を見つめ返し、「なんのこと」と言った。
「宮村、最近元気無いよね?」
「そんな事ない」
「授業中良く抜け出すし」
「お腹痛くなる事増えて」
「ちゃんと食べてる?」
「食べてる」
「顔色悪いよ」
「気のせいだろ」
「ねぇ、最近何処に行ってるの」
間髪入れず、用意していたかのようなセリフを淡々と述べていただけの律が、最後の由伊の台詞を聞き無言で硬直してしまった。
コレは、当たりだな。
由伊は確信を持ちしゃがみこんで、律より目線を低くして威圧感を出さぬよう覗き込む。
「ねぇ、宮村……あの、さ……っ⁉」
顔を近づけたら、意図せず見えてしまった。彼の、鎖骨の少し下に醜い人間(いきもの)が我が物顔でつけたのであろう赤い鬱血痕。
ねぇ、なあにそれ。誰に付けられたの。授業抜け出してまでしてる事って、ソレ?
ねぇ、なんで?
「帰る」
「まって宮村……」
立ち上がって逃げようとする律の腕を掴んだその時、ぴろりん、と由伊のものではない携帯の電子音が鳴った。
その瞬間、明らかに彼の顔から血の気が引き掴んだ腕が強ばった。
「……離し、て」
「やだよ、どこに行くの」
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