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引き止めると、彼は明らかに戸惑った表情になる。そのままじっと疑いの気持ちが伝わるように見つめていると、律は一瞬泣きそうに顔を歪め口を何かを訴えるように僅かに開きかけた、……その時、律の声が発せられる前に邪魔が入ってしまった。
「由伊く〜ん。早く遊びに行こぉよ〜」
ウザったい猫なで声が聞こえ、腕にすがりついて来たがあえて振り払う事もせず、無視をして律が何を言いかけたのか訊こうとした。
「ねぇ、みやむ……」
「離せ」
「……っ」
突き放すような短いそのセリフと、初めてみる彼の睨んだ瞳に由伊は思わず「……ごめん」と手を離してしまった。
そのまま律は背を向けて携帯を見つつ教室を出て行ってしまった。
おかしい。あんな彼は、普通じゃない。……何かあったんだ、そう、確信した。
*
「それでぇ〜」
やっぱり納得いかない。
名前も知らない女にカフェに連れてこられた由伊は、一緒に席に着いたがさっきからずっと落ち着かないまま冷めたコーヒーをちびちび啜り続けていた。彼のことが知りたい。彼がどこに居て何をしているのか、知りたい。どうして、あんな所にあんな痕がついているのか確かめたい。
誰が吸ったの。ねぇ、宮村。誰がお前を可愛がっているの。俺じゃダメなの。俺の印だけをつけてよ、ねぇ、宮村。欲望と、嫉妬でぐちゃぐちゃになる気がした。
律を完璧な自分の支配下に置きたい。でも、そんなこと現実的ではないし、それでは駄目なのだ。物理的に支配するのは簡単だが、それがしたいのではない。自分の腕の中で精神的に鎔けきった彼を愛し潰したいんだ。だから落ち着いて考えろ。宮村に今何が起こってるのか。自分の知らないところで─……知らない……?
初めて見たさっきの彼の顔。自分を敵視している、というよりかはこの女が来てから雰囲気がピリついたような……。
それに気づきはっとする。こんな女の身の上話なんて興味無い。会計伝票も持たず立ち上がる。
「ごめん。俺帰るね」
努めて王子である自分を心がける。律に嫌われないようににつけ始めた仮面。
「えっ⁉待って、なんで⁉」
女は凄い形相で話したくないと言わんばかりに由伊の腕を掴んだ。
「……ごめん。行かなきゃいけないところがあるんだ」
そう伝えると、女はキッと目つきを鋭くし言った。
「……宮村の所に行くわけ?」
「うん」
「なんでそんなにアイツなの」
ギリッと手首が悲鳴をあげそうなくらい、強く握られる。女でもこんな力が出るんだ、と呑気なこと思いつつ由伊は冷静に答えた。
「宮村は、俺にとって大事な人だから」
「……なんで?ただのホモ野郎じゃんアイツ」
女のその言葉に俺は「え⁉」と目を輝かせた。
「宮村って男も平気なの⁉」
驚きそう言うと、女は狙い目だと思ったのか笑顔を浮かべて自慢げに話し始めた。
「そ、そうなんだよ!今だって、三年のリュウ先輩と空き教室でイケナイコト、してるんだよ?ね?変だよね?気持ち悪いよね?」
一瞬だけ、鬱蒼と邪魔をしていた霧が明けた気がしたのに一気にドン底に落とされた気分になった。
思わず口を滑らせた女は由伊の表情や雰囲気が変わったことを察し、顔を青くさせてあたふたし始める。
「へぇ……」
女の台詞を頭の中で反芻した。
.......『三年のリュウ先輩と、空き教室でイケナイコト』?
「み、宮村から誘ったんだよ!そしたら、リュウ先輩乗り気になっちゃって、毎日のようにしてるって……」
由伊は女の手を振り払い、代わりに人目も憚らず胸ぐらを掴んだ。お店の人が慌てて、「お、お客様!」と駆け寄ってくる。
「……っ、由伊く……」
「いつから、やってんだ?」
初めて聞かされる王子の低い声に、女はビクッと肩を揺らす。
「……えと、多分……一、二週間くらい前……」
彼の様子が変だと、俺が感じた時から……。
「そう」
全部わかった。
「由伊くん……?」
そんな事、噂にもなっていないのに詳しく知っている……。そして、それを言いふらしてないって事はコイツが仕組んだことだからだろう。間接的にバレてしまう事を恐れ、黙っていた。
彼はずっと、独りだったんだ。
「二度と宮村に近づくんじゃねぇぞ、くそアマ」
由伊は女をカフェに残し、全速力で学校への道を走った。
宮村、宮村、宮村……!ごめん、ごめんね。
*
「しくった……っ、場所ぐれぇ聞きゃ良かったっ……」
ゼェゼェと肩で息をし、学校に着いた由伊は靴を履き変えないまま探し回る。空き教室って言ってたよな……人が来ないような、空き教室……もしかして……。
一カ所だけ思い当たる場所があった。呼吸が乱れ肺が痛むが、また走り出す。動かし過ぎた足が震える、けど、そこに居るかもしれない傷ついた想い人を救いださなくてはいけない。世界で一番大切な彼を。
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