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しかし由伊が言っている事は正論で、何も間違ってはいないのだ。由伊と律は恋人にはならずに友人関係のまま。律は由伊に対して恋愛感情は無い。なのに何故こんなに、違和感があるのだろう。友人だと言われているのに、突き放されているような不思議な気持ちに戸惑いつつ、由伊を見上げても相変わらず完璧な笑顔のまま律を見つめてくる。
何だかよく分からないけど、由伊機嫌良さそうだし、まぁいっか、とその時律は考えるのをやめた。
「宮村、今日泊まってく?帰る?」
由伊の問いに律は思い出したように「あ」と声を出した。もうこの時には、律の中にあった違和感の事はすっかり忘れ去っていた。
「……帰る」
由伊は、「ん、了解」と言って立ち上がり、律が寝ている間に洗った制服を渡した。
「あ、あの、ごめんな。全部やってもらっちゃって……」
流石に申し訳なくて、律は立ち上がって頭を下げる。由伊のスウェットが少し大きくて立ち上がると、ズボンもパンツも下がっちゃうので、あせあせと引き上げつつ由伊をチラリと見上げた。
「ふふ、可愛いね。その服大きいのか」
由伊のセリフに律は、カァッと恥ずかしくなり「うっさい!」と叫んで脱衣所に駆け込んだ。さっさと着替えて帰ろう。これ以上はお邪魔だし。律は黙々とスウェットを脱ぐ。ふと鏡に写った自分の体に視線がいった。
「なにこれ……骨と皮じゃん……」
思ったより自分の体が肋も腰骨も鎖骨も出ていて、ひょろひょろのガリガリだった。色気もなにもないこの体のどこに、あの先輩は欲情出来るのだろうか。
吃驚しつつ、急いで服を纏い己の醜い身体を隠す。脱衣所から出ると、上着を着た由伊が既に立っていた。
「お、着替え終わった?じゃあ、行こうか」
「え、行くって……?」
当たり前のような顔をして、「宮村を送ってくんだよ」と言って退ける由伊。
「え、だ、大丈夫だよ、俺一人で帰れる……!」
流石にそこまでお世話になれない、と遠慮すると由伊はじぃ、と律を見てにやり、と笑う。
「ホントにぃ〜?外暗いよ?それに今は退勤してくる人達が沢山歩いているんだよ?本当に怖くないの?」
その言葉を聞いて、ハッとする。
……そうじゃんか。いつもはさっさと帰るから人通りはあまりなくて外も暗く無かった。想像して、ヤダな、と思ってしまう。
「ね?怖いでしょ?だから、一緒に行こうよ。俺も丁度外に用事があるしさ、ね?」
由伊の、子供を説得させるような言い方にちょっとムッとしたけれど、一緒に来て欲しい、と思ってしまったのもまた事実だったので、「……由伊が、用事あるんなら……」とつい可愛くない言い方をしてしまった。
「うん。あるよ、コンビニに寄りたいんだ。じゃ、一緒に帰ろうか」
穏やかに笑い、ただ自分が行きたいだけ、と言ってくれる由伊。この人がモテるのはこういう相手にだけ分かる優しさを見せてくれるからだろうな、と律は思う。それでも律が由伊を好きになる事は無い。
「かえろぉ〜」
由伊の緩いかけ声にちょっと笑って、二人並んで家を出た。久々に、楽しいな、と律は夜空を見上げ思っていた。
律を送り届け一人になった由伊は来た道を戻りつつ、ある人物に連絡を取った。
あの子はもう元気になった。俺の理性も耐え抜いた。やるべき事は全部やった。やっと潰しにかかっても誰も文句は言わないだろう。
連絡先から拾い上げた電話番号をタップし、コール音が鳴る。ツッと短い電子音が聞こえ、『……はい』と脱力した声が耳に届いた。
「会長、寝てました?」
『ううん。寝てない、どぉしたの』
彼の通常運転である緩い話し方に少しホッとしつつ、由伊は話を続けた。
「ちょっと会長にお願いがありまして……」
宮村 律という生徒の身に何が起こったのか、全てを説明した。事細かに、いつから、どんな事をされ続けてきたのか。
『……へぇ。そぉなんだ』
気のない返事に由伊は少し不安になる。
「あのねぇ、……まぁいいけど。先輩、ちゃんと''会長として''始末してくださいよ?」
『えぇー俺がやるのぉーなぁんでぇ?』
「会長だからです」
『でもぉ、生徒を生徒会長が痛めつけるのはちょっとなあ〜』
「何言ってんすか、めんどくさいだけでしょ?代わりに事務作業やるんで、やってくださいよー」
由伊の強請る声に、会長は携帯越しに溜め息を吐いていた。
『ほんとに、キミは……。めんどくさい男だねぇ。女の方は厳しいよ。あそこ親が煩いの。ちょっかい出したら俺が怒られちゃうよ〜』
「先輩にだけは言われたくないですよー。まあ貴方が無理なら仕方ないッすね。どうしてもって時は自分でやります」
由伊が穏やかに返すと、『へーへー。まー何とかしとくー』と不安が残る返事を残して会長は通話を切った。
通話が切れ、携帯をポケットに閉まってふと立ち止まる。
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