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そういやコイツはそういうヤツだったと律は思い出した。入学式はばっくれるし、学校は来ないし、来ても遅刻、素行が悪く、授業態度も悪い、おまけに身だしなみもアウト。青の短髪に、シルバーピアスを至る所につけており、無表情になるとただただ怖い人になってしまう。けれど、砕けた口調に関西弁、持ち前の明るさと温厚さでたまにしか来ないくせに生徒からの支持は厚く、知り合いが大勢居るような、そんな男。ルックスも整っているから、こうして老若男女問わずモテ放題だ。
「りっちゃんも食べ?俺一人やと食われへん」
「いいの?」
「ええよ〜二人で食べよ!」
橘の優しさに甘えて、菓子パンをもうひとつ貰った。
「美味しいなぁ、りっちゃん」
裏表の無いその笑顔を見ていると、本当に安心する。律は橘に釣られたように、穏やかに頬を緩めた。
「美味しいね、橘」
そんな律の顔をじっと見つめる橘。
「なに、どうかした?」
訊くと、橘は口を開く。
「りっちゃんは、ずぅーっと、そやって笑っとったらかわええのに」
「はぁ?」
律は訳の分からない事を言われ、思い切り首を傾げる。すると、ムッとした顔の橘に、むにっとほっぺを摘まれた。
「はぁ?は、やめんかい。折角かわええ顔しとるのに、台無しやで」
むぅ、と顔を顰める橘に、律はよく分からないまま面白くなって、クスクスと笑った。
「何言ってんの、橘」
意味不明な橘の行動が、久々にツボに入ってしまって沸き起こる笑いの衝動に耐え切れず、お腹を抱え笑った。
「何でそない笑ってんのか知らんけど、ま、りっちゃんが楽しーならええか!」
橘も一緒になって笑顔になっている。こうやって、誰かと笑い合える時間はいつぶりだろうか。ああ、幸せだなぁ。柄にもなく、そう思った。
放課後。橘は反省文を書かされに生徒指導室に呼び出されてしまったらしい。律は一緒に帰ろうと言われていたので、席に座って外の部活でも眺めながら時間を潰していた。すると、
「宮村」
いつしかのデジャブのように、声を掛けられる。
「……」
答えずにゆっくり声の主を振り返る。そこに居たのは想像していた通り、由伊の取り巻きの女の子だった。明らかに怒った表情で自分を見ている。
……また、何かされるのかな。
あの日の記憶が、断片的にフラッシュバックし身構えた。
「あんたが居るせいで、由伊くんがあたしを見てくれない」
暗い声で、律にとって理不尽以外のなにものでもないセリフを浴びせられる。律がもし、もう少し大人だったなら、思春期なんて自分の事だけしか考えられないもんな、仕方ない、だなんて綺麗事を宣ったかもしれない。
「なんで男なのに構ってもらえるの?私は、由伊くんに振り向いてもらいたくて、いっぱい頑張ってるのに」
全くもって八つ当たり過ぎるけど、律は何も答えなかった。返す言葉が分からなかった。それは怯んだからとかではない。ただ、理不尽な現実に呆れかえって何も言う気分にはなれなかったのだ。
「無視すんなよ!!」
「……っ!」
ぱぁんっという音が律らしか居ない教室に響き、鼓膜がビリビリした。思い切り平手で殴られた左頬はじんじんと、熱を帯びている。
まさか、女の子にまで殴られるとは……。
「なんで、なんで、アンタなの!?ホモだとかレズだとかわっけわかんない!!そんなの普通じゃない!!」
そんな事を言われても、自分はホモではないので正直困る。今はただ、名前も知らないこの子のストレスの捌け口になるしかないのだろうと、どこか他人事のように思っていた。
「……何か言えよ……。なんで文句一つ言ってこないのよ」
顔を赤くして怒る彼女を静かに見つめ、律は少し考えて口を開いた。
「……別に、言うことなんか無いよ」
そう返すと、ぱしんっと再び叩かれてしまった。左頬二連続は流石に痛い。
なんでこんなに俺は殴られる頻度が高いんだ……。
前世は極悪人とかだったのかな……。今世やり直しで産まれてきたけど、前世の罪が重すぎて一日一回殴っとかないと償いきれない的な……。そんな馬鹿なことを考えていると、救世主が現れた。
「おいおいおい。何しとんねん」
「橘……!」
律は痛む頬を忘れ、橘を見てぱあっと表情を明るくした。律に仲間が現れたのが気に食わなかったのか、彼女はまた手を振りあげる。
「この、ホモ野郎ッ!!」
そう叫んで、同じ場所めがけて振り下ろす……そのタイミングで、ぱしっと彼女の腕を橘が掴んだ。
「何しとんねん、って、訊いてるやろが」
いつもは、朗らかで明るいムードメーカーの橘の顔がキッと鋭く女の子を刺すように見ていた。
糸目でいつも笑っている顔なのに、その瞬間は薄く開いた目が女の子を鋭く捉えて離さない。
「た、橘……」
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