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そして例にもれず今日もお気に入りの携帯ゲーム片手に、購買で買った菓子パンを一人、もちもちと食べていた。このゲームアプリは昨年末配信された無料でプレイできる謎解き推理ゲーム。しかしプレイヤー自身は犯罪者というなんとも珍しい設定。大体の謎解き推理物においてプレイヤーは、かの有名な推理小説のキャラクターで例えればホームズ役になれるはずだ。しかしこのアプリでは犯罪者として疑われているプレイヤーが何とか巧みに隠蔽工作をし、疑いから逃れるというもの。律は推理というものをしたことはなかったが、こうやって視点を変えてみると何とも新鮮な気持ちになり気分転換として殺人の罪に問われている自分自身の疑いを嘘で塗り固めて逃れるのがここ最近のブームだった。
……まあ、現実でこっちの立場だったら迷わずバレて刑務所生活待ったなしだろうなあ、と律が選択した単純な嘘に騙されていくゲームのキャラたちを見つつ、パンを頬張っていると突然、人影に包まれ顔を上げる前に声をかけられた。
「ねぇ、キミ宮村(みやむら) 律(りつ)くんだよね?」
顔を上げると、目の前に居たのは入学式から女子生徒の間で、常人離れしたルックスのせいか『王子』と騒がれ持て囃されていた男子生徒、由伊(ゆい) 陽貴(はるき)がそこにいた。
名前くらいは知っている。だって、首席合格で新入生代表挨拶をしていたし、女子のみならず、男子にまでもその性格の良さから人気があった。そして持ち前の優秀さを活かして、生徒会にも推薦され今年副会長になった同学年の憧れの人物なのだから。そんな奴がなんで自分なんかの所に来たのかさっぱり分からず、律は菓子パンをもぐもぐしながら首を傾げた。
「……なんですか?」
「あの俺、由伊って言うんだけど……」
頬を若干赤らめ、目を泳がせもじもじし始める目の前の男に律は訝(いぶか)しげな顔を向ける。
なぁに急にもじもじしてんだぁ?この人は。
律はよく分からないまま砂糖の塊のような甘さの菓子パンを食べ続けた。数秒経った後、意を決したように彼はぱっと顔を上げ、何の気なしにずっと見つめていた律とばっちり目が合った。瞬間、彼はカァッと顔を赤くし、折角上げた端正な顔を勢い良く下げ今度は右手を律に差し出して、口を開いた。
「俺と……付き合ってください!」
これが冒頭の経緯だ。
ぷるぷると震える彼の手を見て陰キャ歴長い律は察して「(あぁ……)」と脱力する。やけに緊張した雰囲気を出すから何事かと思った。
……よくある、罰ゲームね。はいはい。陽キャの間でたまにあるアレだろ?ゲームに負けたヤツは罰ゲームとして陰キャの女、ないし男に嘘告白するっていう悪趣味なアレ。皆に王子ってちやほやされているコイツでも、そういう事するんだ。
……性格が良くて、優しいって評判のこの男でも。
律は何故か無性にガッカリした。元々コイツに期待していた訳でもないし、寧ろ興味なんて無かったが、結局こういう人間でも量産型の人間なのだな、と勝手に落ち込んでいた。顔が赤いのは、羞恥心、手が震えているのは、笑いを堪えているから……辺りかな。律は面倒になり、適当に返した。
「あー……いいよ別に」
好きにすれば、と。そう答えた瞬間、勢い良く頭を上げていた由伊は「え⁉本当に⁉」と物凄く驚いていた。
紅に染まった顔と、見開かれた濃い茶色の瞳、オレンジに染めているらしい髪の男はいかにも嬉しそうに顔を綻ばせていた。
……あー、優秀な奴は演技すらも上手いんだなぁ。
そんなに表情を変えても、崩れないルックスに律は感心した。この学校、偏差値はそこそこ高いからか、校則に関しては都内でも緩いと有名だ。でなければ、染髪しているような生徒が代表に選ばれるわけはまずないし、そもそも生徒会の会長もたしか一年の時から髪を青くしているって、集会の時に隣に並んでいた女子がひそひそと話していたのが聞こえた。
由伊は何やらぺちゃくちゃと凄い勢いで話しているが、律は菓子パンを食べながらぼうっと別な事を考えていて、全く聞いていなかった。
優等生でも染めたいと思うんだなぁ。……あ、この菓子パン、中に餡子(あんこ)入ってたんだ。俺、餡子は苦手なんだよなぁ……。
そうだ。
「なぁ、由伊」
「なに⁉」
「付き合った記念に、コレあげるよ」
律は悪戯ににやりと笑って、自分の嫌いな餡子を差し出した。
すると、由伊はパァッと星が見えそうなくらい瞳をキラキラさせて「いいの⁉」と言いながら食いついていた。
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