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おお、そんなに好きか餡子。では全部やろう。グイグイと由伊にパンを押し付け、由伊は嬉しそうに全部頬張っていた。リスみたいにほっぺたを膨らませて、幸せそうにもぐもぐしている。さて、このゲームはいつ終わるんだろうか。暇つぶしくらいになれば良いけどなと、目の前の男が吐き出したい欲求を堪えて律のために餡子を丸のみしようとしていることなんて気づきもしないまま律はのんびり、パンを口いっぱい頬張るイケメンを見つめていた。
*
「ふわぁ……」
ピコピコといつも通り、由伊の家でテレビゲームをする。
何故か、罰ゲームで嘘交際を始めてから律は由伊に週に五日は「家に遊びに来ないか」と誘われていた。
一番初めは、律くんが気になってたゲームがあるからおいで、二回目は律くんが好きなスイーツ店のケーキを買ったからおいで、三回目は律くんの好きな映画借りてるからおいで、……そんなこんなでズルズルと律はいとも簡単に物に釣られて由伊の家にお邪魔しまくっていた。
けどここ最近は流石に週五日は迷惑だと思い、誘われても週三日までに抑えることにしていた。
断り始めて暫くはまた物で釣られそうになったが、由伊も意志の固い律に諦めたのか三日かかったが漸く妥協してくれたらしい。何をそこまで自分を家に呼ぶ事に固執するのか律は不思議でならないがわざわざ理由を聞こうとまでは思わなかった。どうせ彼の仲間にちゃんとやれ、とでも言われているのだろう、と。律からすればタダでご飯が食べれたり、自分の好きな物が何でも揃っている場所に何時間でも居ていいなんて言われたら断らないはずないし、寧ろ居心地が良かった。
もはや握り慣れたコントローラーを手にしてゲームをしつつ、横に居る由伊をちらりと見る。
真剣な表情でテレビを見つめ、律に負けぬよう目凝らして必死にゲームをしている、学校の王子。
一年前の自分からしたら友達がろくに居なかったくせにいきなり、学校のプリンスとお家で遊ぶ事になるなんて思わなかっただろうよ、と端正な横顔を見つめていたらテレビから軽快な音楽が流れた。
「よっしゃあ!勝ったよ、律くん!」
由伊はにっこにこで嬉しそうに律を見てくる。二人きりの時だけ、律は下の名前で呼ばれている。それが律に対して「ちゃんと恋人扱いしてるでしょ?」という由伊なりのアピールなのか何なのかは知る由もないが。
由伊の台詞を聞き画面に顔を向け、自分のキャラがゲームオーバーになっている姿を見て「あーあー」と適当に言った。
律は飽きたと言わんばかりに携帯を取り出し、ピコピコと弄る。
このゲームオーバーの文字を見て思う。自分達のゲームはいつ終わるのだろうか、と。そろそろ三ヶ月経ったし、もう良くないか?誰も楽しんでないだろ、コレ。ふとそう思い、携帯に目を向けながらなんとなく由伊に話しかけた。
「なぁ、由伊」
「なぁに?律くん」
そのまま由伊を見ずに言った。
「このゲーム、いつ終わりにするの?」
「え?いつでもいいよ?」
思ったよりあっさりとした答えに、律は拍子抜けをしてしまった。三ヶ月も続けたから、もしかして半年ぐらい付き合えとか言われるのかと思ったのに。
……ああ、そう。いつでも良かったのか、終わるのは。
律は普段と変わらぬ声音のまま「そっか」と返し、早々に鞄を持って立ち上がった。
「ならもう止めにしよ」
由伊も慌ててコントローラーを置いて立ち上がる。
「あ、うん!もう帰るの?今日は早いね」
少し残念そうな顔をしたのは多分、自分の気の所為だろう。
「終わるなら早めの方がラクだし」
「え?……うん、そうだね?」
由伊の頭にハテナが見える気がするがそれも俺の気の所為だろう。
律はズボンのポケットに手を突っ込み、由伊の部屋を出ようとドアノブに手をかけた。
「じゃあね。今までありがと」
一応礼を言って部屋を出ようとした、その時。グイッと力強く腕を掴まれ、ダンッと強く壁に押し付けられた。律は背中を激しく打ちつけ、思わずゲホゲホッと咳き込む。目の前がくらりと揺れた。
「な、なにすんだよ急に!痛いな!」
そう怒鳴り、由伊の顔を見て律は固まった。
誰だ?目の前の男は。俺の知っている由伊 陽貴は、いつもニコニコ笑顔で誰にでも優しく、怒ることはなくて困った顔をして微笑むだけの、優男のはず─……。
今律の両手首を力強く壁に縫い付け、見下ろしているこの男は由伊じゃない。キッと律を睨み、眉を寄せ前髪で影ができ、怒りに満ちていた。俺は自分よりいくらか背の高い由伊を見上げる。心臓がバクバクする。ギリッと握られた両手首は、悲鳴をあげている。
痛い、痛い、痛い─………………怖い。
「……ねぇ、今までありがと、ってどういう事?」
静かな声で問われた律は、どう答えるべきか分からず恐る恐る声を出した。
「……だって、……罰ゲーム……だよね?」
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