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思ったより自分の声が震えていることに気づき情けなさに落ち込む。律の言葉を聞いた由伊は一層目つきを悪くさせ、ドスの効いた声で律に「は?」と言った。
声だけでなく全身も震えだしそうな体を必死に抑え込み、口を開く。
「……付き合う、ってやつ……、何かの罰ゲームで……仕方なく、……でしょ?」
精一杯そう言って由伊を見つめると、由伊は「はぁ⁉」と目を見開いて、律の顔を覗き込んだ。
「うぐっ!」
律の頬を片手でガッと掴み、無理矢理上を向かされ思わず声が出てしまう。由伊ってこんなに力が強かったんだ。
「……宮村、ずっとそう思って俺と一緒に居たわけ?」
呼び方、宮村になってる。……いつもは、『律くん』なのに。
「……俺が、冗談で他の人とやった何かのゲームの罰だと思ってたわけ?」
言葉を発する度に、強くなる力に律は現実から背けるようにぎゅっと目を瞑る。
「……目、開けろよ」
低い声に、びくりと肩を揺らす。
「……なぁ、本気で言ってんの?」
痛い、痛い……
なんでこんなに怒っているのか分からない。じゃあ逆に、あの告白が本気だったとしたら尚更、理由が分からない。
「俺、マジだったんだけど」
「……え」
由伊から絞り出された弱々しい声に驚き、恐る恐る目を開ける。そこには先ほどまで怒気を放っていた由伊は居らず、情けない顔をした由伊がいた。
「マジで宮村の事好きなんだけど。気づかなかった?」
落ち込んだ表情の由伊を、思わず見つめてしまった。顔がいいと、落ち込んだ顔は色っぽいのだな、なんて拘束の力を緩められた瞬間から呑気な事を考えてしまう。
「……マジ、って……なんで?……俺、キミとなんの接点も無かったじゃん」
いつの間にか力が緩められ、痛みが無くなった分、律は落ち着いて話す事が出来た。
「……一目惚れだよ、ばか」
そう言うと、由伊は律から手を離しずるずると座り込んだ。脱力してしまった彼を心配になり、律も一緒にしゃがむ。
「……ひとめ、ぼれ……?俺に?」
「そうだよ……。入学式の時、宮村遅刻して来たじゃんか」
「あぁ、そういえば」
入学式の日は寝坊して、もう走っても遅刻確定だったから諦めて歩いて行ったんだった。
「宮村が、校門から昇降口までの桜並木の下を歩く姿が凄く綺麗だと思ったんだよね」
「えぇ?」
徒歩姿を褒められたのは人生で初めてだ。
「桜の花びらが舞い散る中、色素の薄い髪がサラサラ揺れてさ、気だるそうに歩く宮村に、すごく見惚れた」
世の中には随分、変わったヤツが居るものだ。
「それから目で追うようになって、でも宮村とクラスが違うからどう頑張っても接点が作れなくて……。ほら、宮村友達居ないでしょ?だから、共通の友達通してってのも出来なくて……」
「……あれ、今は俺の事が好きなんだよーって話だよね?」
なんでちょっと貶(けな)されたんだ、心外だな。……事実だけど。
「だから、俺が目立つしかないと思ったんだ」
あー、友達いない云々についての俺からの言及は無視ね、無視。超無視。
律は諦めて聞くことに徹した。
「テストとかスポーツで一番取ったり、皆にちやほやされて話題になったり、生徒会とかに入れば皆の前に立つ機会多くなるし……とか、いっぱい考えた……」
え、この人が優秀な理由って、もしかし……なくても、俺?
「でも、どれだけ頑張っても宮村の瞳は俺を捉えてくれなくて……。二年に進級して同じクラスだって知って好きな気持ち、我慢できなくて俺、もうどうにでもなれと思って、あの日、宮村に言ったんだよ」
真っ直ぐに見つめられた瞳に、俺は「ああ、そうか」と思った。あの時の赤い顔は、羞恥心。震えていた右手は、緊張や恐怖だったんだ。
「……でも、そっか……。罰ゲームだと思ってたのか……」
明らかにしゅん、とした声に律は思わず手を伸ばした。自分に何ができるわけでもないくせに、気づいたらオレンジ色に染められた髪を優しく撫でてた。
「……宮村?」
きょとんと見てくる瞳を、俺は真っ直ぐ見つめ返す。
「ごめん。俺が勝手に思い込んでた。ごめんなさい」
そう言うと、由伊は少し顔を赤くして目を泳がせ俺に聞いてきた。
「……じゃあ、三ヶ月越しの宮村の本当の気持ち、今、聞かせてよ」
ずっと、ゲームだと思っていた。罰ゲームで誰かにやらされているのだ、可哀想だと他人事のように思っていた。
でもそれは誤りで、由伊は本気でぶつかってきていた。きっと、由伊にとって、一緒に食べて、一緒にゲームして、一緒に笑い合ったこの三ヶ月の日々は、恋人との大切な甘い時間だったのだろう。
女子からの誘いを断っていたのも本気。俺に振り向いて欲しくて、勉強も運動も生徒会も頑張っていたのも事実。
……なんで、思い込んでしまったのか。……悪いこと、しちゃったな。
だから更に残酷な罪を重ねないよう俺は、由伊を見つめて言った。
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