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仕事で遅くなった。
家に帰り、軽くシャワーを浴びて、ベッドに入ると午前1時を過ぎていた。
隣でこちらに背中を向けて眠っている妻に「おやすみ」と声を掛ける。
「……おやすみ……なさい」
うめくような声で返事が聞こえた……。
30分ほど経って、隣からはっきりした寝息が聞こえてくると、僕は気づかれないように、ゆっくりとベッドを出た。
音を立てないように、階段を下りると、クローゼットのある部屋に入り、パジャマを脱ごうとして、ボタンに手を掛けて、ふと思った――
こんな場合、どんな服を着て行けばいいのか?
パジャマのままはあり得ないし、かと言って背広は大げさすぎる。
逡巡した結果、上下ともジョギングの時に着ているスウェットにした。
玄関のドアをゆっくりと開けてゆっくりと閉めた。
キーをゆっくりと回して、ガチャリと鍵を掛けると、カーポートにある愛車の軽――ワゴンR――の横を通り過ぎて、表の道に出た。
どう見ても車はヤバい。エンジン音でバレる可能性が高いから。
ここまではうまく行っている。あとは――
僕は全力疾走で誰もいない道を走った!
*
「奥さんが『おやすみなさい』って返事をしたんでしょ? 何か問題があるんですか?」
交番のお巡りさんは、眠そうに目をこすりながら、めんどくさそうに言った。
「僕の妻はシリコン製のラブドール(女性の人形)なんです。しゃべるわけないんです!」
「もしかして、先月、2丁目の公園横の一軒家に引っ越して来た方?」
「ええ、そうですけど」
「あそこね、ダンナを事故で失くした奥さんが、ずっと一人で住んでいたんだけど、1年ぐらい前に急に姿が見えなくなってね……」
格安で一軒家が手に入ると思って買ったら、この世のものじゃない先住者がいたわけか。
察したのか、お巡りさんはじっと僕を見つめて、低い声で、
「もしかしたら、本物の……」
「幽霊なんか嫌です! 事故物件なら絶対に買わなかったのにィ!」
「いや、幽霊じゃなくて、本物のニンゲンかもよ。世間が嫌になって家のどこかに隠れて生活していたんだけど、寂しくなって、あなたの傍にやって来たのかも」
あの女はリアル人間!?
ある意味、幽霊より怖いんだけど……。
(終)
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