3人が本棚に入れています
本棚に追加
ミーン ミーン ミーン ミーン
限りなく鳴く蝉の声が、鼓膜に届く。
あぁ、そっか。また夏が来たのね。
動かすことすら億劫になった身体の、僅かな力を振り絞るように、ゆっくりと首を障子の方へ向ける。
暑くないように開放された障子の先には縁側があって――海の色をそのまま攫ってきたような碧すぎる空と、夏陽の光を吸収して輝いているかのような向日葵が庭に広がっていた。
その鮮やかな光景に染み渡るように響いている、蝉の声が心地良い。
私はこうした瞬間が、いっとうに好きだった。
子供の頃から、ずっと。
大人になって、結婚して、子供や孫まで出来た今でも。それは変わらなかった。
だけど、このいっとうに好きな瞬間を味わうのも……きっと最後なんでしょうね。
あぁ、ちょっと首を動かしただけで……もう疲れが出てしまった。
もう少し、見ていたかったなぁ……
そう残念に思いながら、眠気で重くなる目蓋をゆっくりと閉じる。
暗闇の中に、まだ鮮やかに響く蝉の声。
すると想い浮かぶ、彼の人の微笑む口元。
もうどんな顔だったか、あまり思い出せない。
幼い頃から一緒にいて、よく笑うせいか隣にはいつも誰か居て――そう、みんなを明るく照らす彼は、まるで夏空のような人だった。
そんな彼がどんな顔だったか、もうロクすっぽ思い出せないクセに……夏になると彼のことを思い出してしまうのは、きっと長年のクセのせいね。
そしてその度に、若い頃に抱いた焦想が胸の内に灯る。
恋人が出来て、そのまま旦那が出来ても……彼だけは特別で、大切で、変えることなんて出来なかった。
しわくちゃになっても私の中で消えてくれない、彼の口元も、やがて暗闇の中に吸い込まれていく。
私も続くように、そのままスゥッ――と眠りに落ちた。
最初のコメントを投稿しよう!