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この病院は各階が中央にあるナースステーションをぐるっと囲む形で病室が配された造りになっていたのですが、その病室はわたしの部屋とは反対側の301号室です。
「……おやすみ……安心してゆっくりおやすみ……」
真夜中ですし、その部屋のドアは当然、閉まっていたのですが、耳をすますとそんなくぐもった声が聞こえてきます。
なんだろう? こんな時間に……付き添ってる母親が子供の入院患者でも寝かしつけているのかな? あるいは看護婦さんか……。
秘密の冒険をしているようでテンションの上がっていた私は、今度は探偵みたいにちょっとその謎を探りたい気分になってしまいました。
そこで、静かにその部屋へ近づくと、なるべく音を立てないよう、その引き戸をゆっくりと開き、そのわずかにできた隙間から中の様子を覗いてみました。
「……安心して寝ていいんだよ……ゆっくりとよーくおやすみ……」
「……!」
すると、ちょうど見える範囲にあるベッドの脇にお婆さんが立っていて、そのベッドに寝ている入院患者へ優しく穏やかな声をかけています。
薄暗いのでよくは見えませんが、あまり整えてはいないボサボサの白髪をしていて、入院着のような浴衣を着ています。
対して声をかけている患者さんの方も、やはり同じくらいの高齢の男性に見えます。
その女性が看護婦さんでないのはもちろんのこと、明らかに母親と子供というような間柄にも思えません。
旦那さんと奥さん…という可能性もなくはないですが、それにしてはかけてる言葉がどうにも子供に対してのもののように感じられます。
やはり、その内容や優しげな口調は、子供を寝かしつけようとしている母親のそれそのものです。
そうした状況を合わせて考えるのに、
……ああ、そうか。あのお婆さんもこの部屋に入院している人で、認知症か何かなのか? あの患者さんを自分の子供だとすっかり思い込み、若い頃のように寝かしつけてるんだな。たぶん……
という結論にわたしは至りました。
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