はじまり

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「やりました!稲城陽菜!銀メダルです!!」 24歳の時にオリンピックのマラソン種目で銀メダルを獲得した。 その時の金メダリストは世界記録保持者。 勝てなくても仕方が無い勝負だったけど、本当は勝ちたかった。 4年後…28歳になる。 年齢的な不利さは少なからず出てくるけど、次も絶対に日本代表選手に選ばれて、絶対にメダルの色を金にしてみせる! だから日々のトレーニングは欠かせない。 その日もいつも通り朝からトレーニングに。 行く前に実家の和菓子屋の厨房から顔を出した父さんが 「今日桜井さん来る日だぞ。あんまり遅くならないようにな」 と私に言った。 そっか、今日は桜井さんが来る日。 桜井さんというのは、国内最大手の食品メーカー、桜井フーズの社長さん。アラフォー男性。 洋菓子作りがプロ並みなのに、和菓子も極めたいと、偶に家に和菓子作りの修行に来る。 私は老舗の和菓子屋の一人娘だけど、和菓子より洋菓子の方が好きだ。 寧ろ洋菓子を作るのが好き。 桜井さんが和菓子作りに来る日は、いつもついでに洋菓子作りを教えてくれる。 そうそう、今日来る日だった。じゃあ今日はトレーニング終わり寄り道しないで早く帰らないと! 今日はどんなスイーツ教えてもらえるかな〜 そんな事を考えながら、トレーニングジムまでの道をいつも通りロードワークを兼ねて走っていた。 走ってたけど、信号も勿論守った。 赤信号だったから止まったし、青信号になってから横断歩道を渡った。 なのに、車が信号無視して私の方に突っ込んで来た。 あ、これ、死んだ って、車にふっ飛ばされた体が宙を舞って思ったんだ。 気付いたら地面に叩き付けられていて、ボンヤリ見えた腕から先が血塗れで だけど痛く無い… 不思議… 『嘘でしょ!?今死なれるの困るんだけど! このまま女だと君は確実に死ぬ。 君だけの時間を16歳まで戻して男になれば、この事故無かった事に出来る。 契約するね?返事は?』 …死なないで済む…? まだリベンジしてない… 死ねない 「す……る…」 辛うじて動いた口で返事が出来た気がする。 次に気付いた時に視界に入ったのは… ……木の天井…? 天井にしては随分近い… 『流石に焦ったー…まさかあのタイミングで死にかけるとか… もう800年近くこの仕事してるけど、流石にこのパターンは初めてだよ…』 さっき…事故を無かった事に出来るだとか言ってた男の人の声がまた聞こえた。 …事故…無かった事に出来た…? 車に吹っ飛ばされた直後より視界がクリアだ。 手も足も自分の意思で動かせる… 片手を宇に掲げてみた。 あれ…?なんだ?この男みたいなゴツい腕と手… 私の手じゃない。 でも、私の意思で動く。 『当たり前じゃん。君の手なんだし』 またあの男の人の声が聞こえた。 「あ、陽太(ひなた)起きた?大丈夫か?やっぱ調子悪いんじゃね? 風邪っぽかったら薬有るけど?」 『え…冬馬様と桜井の式……は?何用?』 突然木の天井の脇から高校生くらいの男の子が顔を出して、心配そうに此方を覗き込んできた。 それとほぼ同時に聞こえた、またあの男性の声。 「しき…って何?」 「は?」 「あ…ここあれですか、あの世?まで来たのかな?もしかして…」 「はぁ?何言ってんの?陽太やっぱどっかおかしいんだろ?」 成程、ここはあの世か〜、あの世の入口にって、木の箱みたいなので移送されてくるものなのか〜 さながら棺桶みたいな… と思って起き上がってみたら、そこは箱じゃなくて二段ベッドの下の段だった。
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