流れ着くもの

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 妻が行方不明になってから、もう一年が経った。  一緒に豪華客船のクルーズに参加していた妻は、私が少し目を離した隙にいなくなっていた。船の隅々まで探してみても、妻は見つからなかった。  結局、妻は何らかの形で船の手すりを乗り越え、海の藻屑と消えたのだろうという話になった。妻の存在を欠いたまま私は旅を続け、最終的にこの町に戻って来た。  ここは私の生まれた町だった。元は大きな漁村だったようだが、今はすっかり寂れている。海しかないような、そんな場所だ。  私は長く放っておいた実家に移り住み、一人で暮らし始めた。海に近い場所にある一軒家だ。両親が亡くなってから空き家になっていた為、最初の手入れは大変だったが、今は自分一人何とか住めるようにはなっている。  文筆業を営んでいる自分にとっては、ネットさえ繋がっていれば何処でも仕事は出来る。前から故郷に引っ込んで暮らしたかったのだが、妻がそれを許さなかった。妻のいない今、やっと私はここに戻ることが出来たのだ。
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