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もう必要がないので、いい加減、この仮面も外しておこう。
人の顔を象った石膏像か、あるいはヴェネチアのカーニバルやオペラ座の怪人のような白いその仮面を外すと、私はそれを用心深く手提げ鞄にしまい、寄宿舎の正面玄関へと白熱灯の燈る薄暗い廊下を進んでいった。
「……あの、どちらさまですか?」
だが、その途中、想定外にも向こうからやって来た中年の女性と鉢合わせをし、怪訝な顔で声をかけられてしまう。
おそらくは見回りをしていた寮長か何かであろう。
だが、まあ、予期せぬ出来事ではあったものの、さほど慌てるようなことでもない。
「ああ、これはどうも。見回りご苦労さまです。用事はすみましたのでこれにて失礼いたします。では、ご機嫌よう。おやすみなさい」
私は笑顔で会釈をすると、堂々とした態度でそう挨拶を申し述べ、さも正規の来客であるかのような素振りで彼女の脇を通り抜けてゆく。
私のその挙動不審とは程遠い様子に、寮長はポカンとした顔でただただ呆然と見送っている。
人間、おろおろ狼狽えず、常に堂々としている者を不審には思わないものだ。
その上、私はびっしりと糊の効いたスーツを着込んでいるので、きっとこの学園の学園長や教師を訪ねて来たお客か、あるいは寮生の父兄か何かだと思っているのだろう。
しかし、彼女と出会す前に仮面を外しておいてよかった。さすがにこれを被っていては不審者以外の何者でもないからな。
本当ならこんな仮面、自分でも着けたくはないところではあるが、それではさすがに私の命が危ない。
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