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なぜならば、この仮面の唇には少しでも触れると皮膚から吸収され、ごく少量であっても一瞬の内に死へと至らしめる猛毒が塗ってあるのだ。
いくら〝おやすみのキス〟をするためとはいえ、そんなものを己の唇に塗っては私自身が深い眠りについてしまい、元も子もない。
だから、彼女達には悪いと思ったが、こんな作り物の唇でキスをさせてもらった。すべては大義の為、この非礼をどうか許してもらいたい。
だが、これでこの寄宿舎で暮らす愛らしい女生徒達は皆、この穢らわしき苦しみに満ちた現世を逃れ、真なる安らぎを得られる永遠の眠りへとつくことができた。
さあ、次はとなり町の上流階級向け高等女学校だ。穢れたこの世界に、私の救いを求めている子供達はまだまだたくさんいる。もっと精力的に回らねば……。
静寂に包まれた深夜の薄暗い玄関ホール……私は決意を新たにするとモザイク画の施された美しい観音開きのドアを開け、この愛くるしい少女らの眠る霊廟の如き寄宿舎を後にする。
「――まあ! なんてこと! だ、誰か…誰かちょっと来てえぇぇぇーっ…!」
パタン…と優しく閉めたドアの向こう側で、そんな寮長さんのくぐもった叫び声が聞こえていた。
(おやすみのキス 了)
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