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10.世界中から君を見つけて
今晩の永野ふゆは珍しく晩酌をしていた。日頃激務に曝される身には奇跡のような、連休の初日だからだ。同居人の真砂になも、ちまちまとした肴を作ってそれに付き合っている。
「私、になが羨ましい」
「ふゆちゃん、酔うといつもそう言うね」
くすくすと笑いながら、真砂は三パーセントの缶チューハイを舐めるように飲む。対する永野は安い焼酎を割りながら「羨ましいところ」を続けた。
「になは男とも、女とも付き合えるでしょ?」
「え? ……うん」
想定外の話題に、真砂は僅かに身構える。真砂は、自分のセクシャリティが羨まれるものだと思ったことは無かった。でも永野は愛おしげに目を細めて、それは素敵なことのように言うのだ。
「それってさ。理屈としては、世界中の人と愛し合えるってことじゃない?」
「……ふゆちゃんって、時々不思議なこと言うね?」
そうかな? と首を傾げる永野を眺めて、真砂は微笑む。現実はそれほど簡単ではなかった。真砂は惚れっぽいたちで、今まで沢山の恋をしてきた。その数と同じくらいの恋人が居たけれど、そのほとんどとはうまく行かなかった。結果、今、永野と二人で暮らしている。真砂はそれを後悔はしていない。しかし恋の思い出は、どれもほろ苦かった。
「でも、世界中の人の中で、私を愛してくれる人は、ふゆちゃんだけだよ?」
「そんなことない!」
「え……」
毅然と撥ね付けられて、真砂は反射的に傷付いてしまった。けれど、
「になのことを愛してる人の中で、私が一番なだけ」
そんなことないよ、と真砂は言いたかった。しかし永野があんまり綺麗に笑うから、口にできなくなる。
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