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13.この火が明るい間、ふたりは
永野ふゆと真砂になが住む町に、台風がやってきた。
朝にはほぼ全ての公共交通機関が運休したので、真砂の仕事は早々に休みになった。だがブラック企業と名高い永野の職場は、何時間かかっても出社しろと言うのだ。しかし、永野は午後になっても会社に辿り着かず、結局出勤しなくてよいことになった。そういうわけで今晩は、二人でしっぽりと嵐が通りすぎるのを待っている。
「台風の日って、わくわくするよねえ」
「そう? 子供の頃は学校休みになったりして嬉しかったけど……」
「大人になっても休みは嬉しくない?」
「……大人の休みは、その間の仕事を後からしなくちゃいけないからな」
「あは、夢がないねえ」
真砂はくすくすと笑った。だがその次の瞬間、
「――わっ!?」
「……あ、停電だあ」
急に暗くなった部屋、声を上げたのは永野だけだった。真砂は冷静にスマートフォンのライトをつける。
「ふゆちゃん、大丈夫だからね……ほら!」
カチ、と音がして、ロウソクに火がつけられた。よく見ると防災用のロウソクではなく、普通のアロマキャンドルである。良い香りが漂って――何となく荘厳な雰囲気が生まれる。
「あ、ふゆちゃん。もう一個は火、一緒につけよう!」
「な、なんで?」
「キャンドルサービスみたいだから。結婚式の」
真砂は既にノリノリで、永野の手にチャッカマンを握らせて、その上から自分の手を重ねた。
「キャンドルの火には、幸せの天使が宿るんだって」
「……そう」
世間の風から逃れて、誰に祝われずとも幸せを願うのは、自分達らしいと永野は思った。
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