9.週末にスパイスをひとつまみ

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9.週末にスパイスをひとつまみ

 稲妻のような予感。永野ふゆは自宅のドアを開けた瞬間、今夜の献立がわかった。嗅覚から駆け抜けた衝撃は、カレーの匂い。 「おかえりーふゆちゃん!」  台所から大きな声で呼ばれた。同居人の真砂になは手が離せなくても、こうして永野を出迎えてくれる。別に頼んだわけでもないけれど、以前、永野が理由を訊ねたときには「おかえりって言われるの、嬉しくない?」と言われた。永野もそれには同意する。ひとり暮らしが長かった永野からすれば尚更だ。 「ただいま。カレー作ってくれたの?」 「うん! 半端な野菜が余ってたから、冷蔵庫のお掃除カレーだよ」  二人暮らしで家事は分担制。その中で平日の夕食は、先に帰宅する真砂が作ることが多い。というか、残業が多い職場で働く永野は、家で晩御飯を食べないことも多い。そういう日は真砂も適当に済ませているので、二人揃って囲める食卓は貴重だった。 「ほんとは、ふゆちゃん帰ってくるならもっとご馳走にしたかったけど……一応お給料日前だしねえ」  二馬力で働いているのだから生活費に困ってはいない。しかし真砂が自然と身に付けている質素倹約術が、そうさせてくれないらしい。 「でも私はになのカレー、かなり好きだよ」 「ほんと? うれしい~!」  手を洗った永野が食卓へ向かえば、早速今夜のメインディッシュが運ばれてくる。 「今日は何入れたの?」 「人参とジャガイモとー、オクラとブロッコリーとプチトマトときゅうり!」 「そのカオス具合が好き」 「もー、誉めてるの?」  真砂の膨らせた頬をつっつく。美味しい予感は香りとなって、二人の間に漂っていた。
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