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寝る前のはちみつ。
それは、眠りを誘うおまじない。
ベッドのすぐ横のサイドテーブルには、スマホとはちみつとミネラルウォーター。
恋人と電話を繋げながら、寝る前の準備に入る。
スピーカーからパタンと本を閉じる音と、カチャカチャと眼鏡を畳む音が聞こえる。
彼も布団に入る前だというのが分かると、安心感があった。
「今日もはちみつを舐めるのか?」
話す話題が無くなるこの時間、彼はほぼ毎日この質問をする。
私にとって、当たり前のことなのだが彼にはまだまだ目新しいことのように聞こえるのだろう。
花の甘い香りは眠りを誘い、優しい夢が見れる気がするのだと返事した。
「なるほど」
そんな分かったような相槌とともに、スッと本が擦れる音、カチャッと眼鏡をずらす音がした。
それが、ベッドサイドに真っ直ぐに並べられる音というのは、考えなくても分かった。
几帳面な彼の入眠のスイッチがソレだ。
私も彼に倣って、サイドテーブルのスマホとミネラルウォーターの位置を真っ直ぐに並べた。
そのついでに、はちみつの瓶を開ける。
部屋全体に甘い香りが漂い、まずはそれを肺いっぱいに吸い込んだ。
アイス用の透明スプーンで掬い上げ、糸が引くのをじっくりと待つ。
その時、電話越しにカラカラと眼鏡よりも軽い金属が聞こえた。
それは、私が毎日聞いているはちみつの瓶を開ける時の音によく似ていた。
私は、彼のルーティンから外れた音にドキドキと胸が高鳴った。
「何してるの?」
と期待しながらの質問。
「優しい夢が見れるんだろ?」
彼は少し照れたような声をしていた。
いつの間にかはちみつを口に含んでいた彼は「甘っ」と呻いていた。
私は知らない顔をして、普段通りにはちみつを口にした。
「今、口の中、おんなじ味だねー」
そう言うと、ガタガタと騒がしい音がスマホから聞こえた。
「おやすみー」
いたずらっぽく言ってスマホに手を伸ばす。
通話が途切れる直前に消えるような声で
「夢の中で会うかもな」
なんて聞こえた。
今日は、特別優しい夢が見れる気がする。
今だに香るはちみつの匂いに酔いしれ、まぶたの裏の彼の照れた顔を貼り付け、眠りについた。
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