祈る  〜神様なんて〜

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玄関の扉を開くと、雨が降り出す前のひんやりとした空気に変わった。 母は、私が反抗するとは思わなかったのだろう。 髪を振り乱し鬼の形相で追いかけて来て揉み合いになった。 普段殴られない顔にも母の手が振り下ろされ、肉を打つ音と熱い痛みが走った。 頭の中で何かが私に囁く。 『自らの手で自由を勝ち取れ』 それは、とても甘美な響きで蠱惑的に私を誘う。 外では、雷鳴が轟き始める。 窓ガラスに水滴が強く叩きつけられ、雨が降り始めた。 私の中の悪魔が目覚めたのかもしれない。 力を込め私は母を突き飛ばした。 ドスンと母が後ろに倒れる。 大きな雷が近くに落ちて地を揺らした。 ゆらりと振り返り、台所の流しのカゴに置かれていた包丁を手に取る。 そして、母に刃先を向け両手で柄を持った。 その様子に唖然と私を見ている母に馬乗りになり、渾身の力を持って突き立てた。 ズブリと皮を突き破り、ズヌズヌと肉に包丁が沈んでいく。 鳴り響く雷鳴が母の叫び声を消す。 雷鳴の咆哮が私を自由へと呼び立てる。 まだ、息のある母親から包丁を抜く、すると赤い血が吹き出し私を濡らした。 むせ返るような血の香りに酔う。 そして、悪魔が私に囁く。 『さあ、自由になれと』 神に祈った願いを悪魔になった私が叶える。 目の前が赤く染まる。それは、私の自由の色。 私は何度も刃を突き立てた。 雷鳴が轟き、自由へと私を追い上げる。 ビクビクと痙攣をおこし、やがて母親は動かなくなった。 血の海の中で息絶えた母を見下ろし、思わず笑みがこぼれる。 稲光が私を照らした。 包丁を持ったまま、フラフラとアパートの部屋から出て歩き出した。 強く降りしきる雨が私を濡らす。 すべてを洗い流すかのように大粒の雨が私を濡らす、赤く染まった視界が徐々に色を取り戻していく。 そのまま歩き続ける。公園に行く途中にある川が水かさを増し、ゴーゴーと濁流が音を立て流れている。 橋の上に立ち、手にある包丁を川へ投げ捨てた。 私の自由を祝うかのように稲光が光った。 その祝福の雷鳴は地を揺らす。 夕立ちが私に付いた血を流し、足跡を消す。川に投げ捨てた包丁は濁流に流れて行った。 神に祈った願いを悪魔になった私が叶えた。 祝福の雷鳴が轟く、雨が強く降る、私は笑う。 神様は、悪魔に味方をした。 神様なんてきまぐれだ。
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