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9.爪先からゼロになるまで
「田畑さん。これ、かして」
ベッドの上の青年は、田畑の老いた手を取った。
「ヤスリなんて、どうするんだい?」
田畑の手の中には、爪を磨くためのヤスリがある。青年――レイの爪は一本一本丁寧に、田畑によって整えられている。それは田畑がレイの「飼い主」だからである。また、田畑にはレイに道具を渡すことに慎重になる理由があった。レイにヤスリを自由にさせたら、彼の首輪に繋がれた鎖を切ってしまうかもしれない。同じ理由で刃物の類いもレイには渡されない。彼が自由に使える道具は無いのだった。
「田畑さんの爪も、綺麗にしてあげたいんだ」
「レイはそんなことしなくていいんだよ? 気持ちだけでも十分嬉しい」
「でも、俺も……田畑さんに何か、したいんだ」
「レイ」
レイはいつになく真剣な表情で言った。田畑は、その瞳が思い詰めたように深い色をしているのを見る。
「……じゃあ、お願いしようかな」
田畑はレイの手のひらにヤスリを乗せた。わあ、とレイが小さな歓声を上げる。早速田畑の右手を取って、指先にヤスリを当ててみる。
相手の体を削って、自分好みに整えていく。田畑はその野蛮な行為を愛だと思った。
そしてレイが、自分と同じ形で愛を示してくれることに、胸を震わせる。さりさりと爪先が削れていく間、レイはじっとその箇所を見つめていた。深爪にならないよう、慎重に手を動かしている。
「レイ、ギリギリまで削ってくれる? 僕がキミをひっかかないように」
「うん……」
そうして、田畑は気付いてしまった。彼になら指を落とされてもいい。と思うほど、レイを愛してしまっていることを。
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