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2.天使の飼い方
青年に名前を訊ねられたから、男は咄嗟に嘘をついてしまった。自分のやっていることが、道義的に正しいと思えなかったからだ。だが名前を失ったのは青年も同じ。今では男は自分も生まれ変わったつもりで、彼の前で偽名を使う。
男は「田畑」として、青年の首に鎖をかけて飼っている。
田畑は優しい。「田畑」の元となる男の人生の中では得られなかった、他者へ愛を捧げる機会を、青年――「レイ」はくれた。田畑は自分がこれほど他人に尽くせることを初めて知った。献身が何より心地いいことも。見返りを求めることなく青年の世話をやけるのは、彼を何もできない存在にしておきたいからだ。
そして、レイは美しかった。表情も豊かで、愛玩しがいがある。
今日も田畑はありったけの愛情を込めて、レイの餌を作った。栄養バランスなんて自身の食事では考えたこともなかったはずの、自分の変化に戸惑いつつも。
「田畑さん、これ、おいしい」
「そう。また作るね」
「毎日これがいい」
レイはもう随分田畑に慣れたのか、わがままを言ったり甘えたりするようになった。その些細な歩み寄りが、田畑はとても嬉しい。
「わかった、じゃあ週一でどう?」
「でも、ここ、日付がわかるものないじゃない」
頬を膨らせるレイを見て、田畑は穏やかに笑った。
「あと七回寝たらって数えたら?」
「覚えてられないよ……」
「じゃあ、僕が教えてあげる」
すると、レイはぱっと表情を明るくして言った。
「それなら、大丈夫だね」
田畑に対する全幅の信頼。田畑は罪と同じ重さをしたそれを、愛おしく抱いて生きるのだ。
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