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1.愛に溺れて鰓呼吸
ベッドの上で、窓辺から差し込む光にとろとろと微睡む。彼にとって久しぶりの自然光が心地よかった。だがそれは、寝室に戻ってきた同居人の手によって遮られる。
「あ、ごめん。レイ。眩しかったでしょう」
「ううん。たまには日向ぼっこもいいかなって」
「でも、せっかくの白くて綺麗な肌が焼けちゃう」
「田畑さんは過保護すぎるよ」
レイと呼ばれた青年は苦笑する。そう言いつつも、田畑の白髪交じりの頭を両手で抱いて、じゃれるように額を擦り合わせせた。
「しょうがないなあ」
田畑はその額にキスをしてから、カーテンを開けた。
「今ごろ、大学は昼休みかなあ」
「……思い出しちゃう?」
表情を曇らせるレイの頭を、田畑は優しく撫でる。
「もういいんだよ。理不尽な教授も、わかり合えない学生らも、無理解な家族だって、もうレイとは何も関係ないんだ」
「そうだった。もうレポートもしなくていいんだなあ」
「うん。何も悩まなくていいんだよ……キミが『レイ』になったからには」
青年の笑みは未だ、どことなく切ない。青年は『レイ』より前の名前を思い出そうとして、それが忘却の彼方に去ってしまったことを再確認した。きっと田畑が毎日くれるサプリに、記憶を消す効果があるのだ。青年が人間として挫折したとき、彼を拾って、温かい風呂に入れて、美味しいご飯を食べさせ、ふかふかのベッドで寝かせてくれたのが田畑だった。
それから彼は田畑のものだ。
「レイ。やっぱりカーテンは閉めよう。キミの世界はこの部屋だけだから」
レイは返事の代わりに、田畑の唇に口付ける。彼の首輪に繋がる鎖が、重い音を立てた。
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