7人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
新しい「家族」に迎え入れられて六年程が経ったある日のこと。
バザールにも店を出している顔見知りの絨毯商から、彼の下で奉公人として働かないかとの誘いを受けた。
露店での俺の働きぶりを目にし、見込みがあると考えたらしい。
ただ、その絨毯商は吝嗇なことで有名だった。
他の街々にも店を構え、手広く商売を行ってはいるものの、給金の安さと酷い扱いから、奉公人がよく逃げ出してしまうと囁かれていた。
けれど、俺にとってその話は、まさに渡りに船だった。
俺が懸命に工夫を重ね、露店での売り上げを伸ばしたとしても、それは所詮、焼け石の水に過ぎず、「家族」の暮しぶりは然程変わらなかった。
むしろ、俺を抱え込んだことで、家計は苦しくなってしまっているようだった。
父親が営む果実商の商売にしても、将来的には「兄」が継ぐことになっており、また、露店にしても、そのうち「弟」が番をすることになるのだろう。
いずれ、「家族」の中から自分の居場所が失われてしまうことが、俺には分かっていた。
俺は「家族」に、絨毯商の下で働くことを告げた。
「母親」は涙ながらに俺を引き留めようとした。
そんなに急がなくていい。
お前はまだ小さい。
もう少し、この家で
皆を一緒に過ごしてもいいじゃないか、と。
「父親」も俺を引き留めた。
あの絨毯商は評判が良くない。
お前をそんな場所で働かせたくはない、と。
「兄」も、そして「弟」も俺を引き留めようとした。
けれども、俺の決意は変わらなかった。
絨毯商の店へ奉公に出る日の朝、母親は鶏肉と豆のスープを作ってくれた。
家族みんなで食卓を囲み、スープに舌鼓を打った。
つましいながらも皆で囲む食卓、その暖かな賑やかさが、俺の心にとじんわりと染み入っていくような心持ちだった。
「父親」は言った。
お前のことは本当の家族だと思っている。
だから、辛くなったら戻ってきてもいい。
時には家に遊びに来てくれ、そして、元気な顔を見せてくれ、と。
「母親」も、「兄」も、そして「弟」も涙ながらに相槌を打った。
俺は、もう十分だった。
俺は本来、あの日、あのバザールで「兄」から林檎を奪う筈だったのだ。
挙句、「兄」を殴り倒し、それが切掛となって盗賊へと身を落とすところだったのだ。
人の命を奪うことに何の躊躇も抱かぬ、非道極まりない盗賊に。
そんな俺を、この「家族」は救ってくれた。
そんな生を歩むはずだったこの俺を、「家族」は優しさで包んでくれた。
元々の家族では、いくら望んでも得られなかったものを、この「家族」は与えてくれた。
だから、もう十分だった。
奉公に出た絨毯商の下で、俺は懸命に働いた。
それなりに手広く商売をやっている店だったので、彼の下に使用人は二十人ほどいたが、十二歳の小僧など、まさに使い走りの下っ端だった。
それこそ奴隷のようにこき使われた。
遊びに出る暇など無く、給金も雀の涙程度だった。
けれども、俺は懸命に働いた。
ようやく得られた僅かな給金も、「家族」に仕送りとして送った。
最初のコメントを投稿しよう!