現実

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幾日かを費やして街道を歩み、見知らぬ街へと辿り着いた私は、その街にて絨毯店を探し求めた。 そして、ようやく探し当てた絨毯店にて、私を雇ってくれるようにと頼み込んだ。 無頼の風体をした得体も知れぬ、年齢も二十をとうに過ぎた私を雇うことについて、私とそれほど年齢も変わらぬと思しき店主は当然ながら難色を示し、門前払いをしようとした。 しかし、私は、給金は要らない、住み込みで食事さえ与えてくれればそれで十分だと述べ、地に伏すようにして何度も何度も頼み込んだ。 そして、もし悪さをするようだったら、その時はすぐにでも殺してくれと告げた。 私の必死の願いが通じたのが、あるいは無給でいいという条件に魅力を感じたのか、俺はその絨毯店にて働かせて貰えることとなった。 私は必死で働いた。 それこそ寝食を惜しむようにして働いた。 絨毯店での仕事は、夢の中とは勝手が違う部分も多少はあったものの、不思議なことに概ね一緒だった。 夢の中にて得た知識、そして培った経験によって、私はめきめきと業績を上げることができた。 寝食を惜しまぬ精力的な仕事ぶりと相俟って、数年のうちに、私は店主の信頼を勝ち得ることが出来た。 私が絨毯店に雇って貰ってから十年の歳月が過ぎ、店主からの信頼が愈々揺るぎないものとなったところで、私は彼に提案した。 他の街に支店を出したらどうか、と。 売り上げが伸びるのは勿論のこと、それぞれの街で仕入れを行い、それを相互の街で販売すれば品揃えが増えたことで店の客も喜ぶに違いない、と。 店主は快諾し、そして、支店を設けることについて私に一任してくれた。 私は、(かつ)て過ごしたあの街に支店を構えることにした。 その街に足を踏み入れたのは、実に十年振りのことだった。 十年の歳月は、私の風体をすっかり変えていた。 何よりも、十年前と比較して、私の人相は別人と言えるまでに変わっていた。 十年前の私の心に渦巻いていたのは絶望、そして憎悪だった。 けれども、今の私を突き動かす感情は、それとは全く異なるものとなっていた。 以前の顔見知りであっても、今の私を見、嘗ての姿を思い出すものは誰一人として居なかった。 新たな支店の運営に、私は寝食を忘れるかのようにして取り組み、程無くして経営を軌道に載せることができた。 その頃には、私もそれなりの給金を貰うようにはなっていた。 実入りが多いのだから、食事や酒などに(ぜい)を凝らすことも出来よう。 けれども、私は珍味佳肴にも、そして遊びにも興味は持てなかった。 結婚を勧められたことも幾度と無くあった。けれども、私は悉く断った。 そして、給金の殆どを蓄財に廻した。
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