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再会
燦然と輝く太陽は、細やかな鏃の如き陽の光、そして、凶暴な熱とを容赦無く地上へと投げかけている。
熱気を孕んだ微風とともに、刑場を取り囲む人々の罵声が砂塵の如く押し寄せてくる。
死装束を身に纏い、後ろ手に縛られ、刑吏に引っ立てられた私は、人を殺めた罪人としてこれから磔刑に処せられようとしていた。
この街の人々の、憎悪の視線を浴びながら。
この街の人々の、罵りの声を受けながら。
街の人々は、きっと裏切られた気持ちで一杯だろう。
この街で有力な商人として振る舞ってきた男が、その昔は残忍極まりない盗賊だったのだから。
四方八方から投げ掛けられる罵声がより大きくなる。
罵声だけでなく、石礫もバラバラと飛んでくる。
幾多の石礫が私の体を打ち、その内の幾つかは私の頭を、そして顔を打ち据えた。
頬や額の皮膚が裂け、その傷口からは血が溢れ出る。
勢い良く飛んできた拳大の石礫が私の右眼を打った。
私の右の瞼は裂けて血が流れ出し、そして、右眼は光を感じなくなった。
けれども、少し離れた位置に立つ刑吏は、人々のそんな所業を止めようとはしなかった。
これは、罪人が磔刑に処せられる前の、謂わば見せしめなのだ。
けれども、私にはそれが有り難かった。
冥府にて眠る、私が惨たらしく殺めてしまった者達は、この有様を待ち望んでいただろうから。
人々に感謝するかの如く、私は頭を垂れた。
私は感謝していた。
私に罵声を浴びせる街の人々に。
私に礫を投げ掛ける街の人々に。
私を罪人として磔に臨ませてくれる代官に。
ただ、一つだけ、私には未練があった。
ふと、刑吏以外の気配を感じた。
私は顔を上げた。
そこには一人の老人が佇んでいた。
それは、茶色のマントを纏い、癖のある金髪をその頭に蓄えた白い肌の老人だった。
私は、残された左目を見張った。
形姿こそ老いてはいるものの、この方は紛れもなく、二十四年前、あの砂漠にて、私にあの『光の剣』を降り注がせた、あの旅人であった。
老人は優しく微笑んだ。
私の両の瞳から止めどなく涙が溢れ出す。
「貴方のお陰で、貴方様のお陰で、
私は、人として生きることが出来ました。
ありがとうございます。
こうして、ようやく償いを果たすことが出来ます。
全て、貴方様のお陰です」
嗚咽しつつ、私は老人に礼を述べた。
頭を幾度も垂れながら何かを述べる私の姿に刑吏達は戸惑っていた。
恐らく、この老人の姿は、私の目にしか見えないのだろう。
老人は柔らかな笑みをその顔に浮かべながら、その両手を私の顔に差し伸べた。
そして、血に塗れた私の顔を両の手で包み込み、その蒼の瞳で私の顔を見据えながらこう述べた。
「貴方は、あれから頑張ったのだな。
貴方の心と体を削るようにして
頑張ってきたのだな、二十四年もの間。
私達が貴方に見せた一刻の夢、
それを心の支えとして」
私は、幸せだった。
老人は私をそっと抱きしめた。
そして、私の耳元で囁いた。
「世界が貴方を罵ろうとも、
世界が貴方に石礫を浴びせようとも、
私は貴方を誇らしく思う。
自分の罪から逃れようとすることなく、
あの日から懸命に生きてきた、
そんな貴方のことを誇らしく思う。
今の貴方の魂は、何者よりも気高く、
そして、何者よりも美しい」
「二十四年前のあの日、
貴方に会えて良かった」
最早、私には何の未練も無かった。
私は二十四年の間、この方と再会することを望み続けてきたのだ。
この方と再び巡り会い、そして、感謝の気持ちを伝えたいと渇望し続けてきたのだ。
この二十四年の間、私は己が犯した罪の重さに苛まれながら生きてきた。
けれども、己の罪と向かい合うことも出来ず、その心の弱さ故に更なる罪を重ね続ける日々と比べ、それは如何ほどに満ち足りたものだったことだろうか。
私を人として生まれ変わらせてくれたこと、そして、己が犯した罪と向き合って生きることが出来たこと。その感謝を伝えたい、そう願い続けてきた。
その願いが叶えられた私には、最早、何の未練も無かった。
老人の声は続く。
「ときに、だ。
貴方のような者の魂を裁くのは、
少々時間が掛かるそうだ。
天国に行かせるか、それとも地獄に堕とすか。
裁く側としては、実に悩ましいらしい。」
私は、ついつい微笑んでしまった。
代官には大いに迷惑を掛けてしまったが、命を失ってからも、私は何者かに迷惑を掛けてしまうらしい。
「それで、だ。
当分の間、貴方には私を手伝って欲しい。」
老人の声は、どこか悪戯っぽい響きを含んでいた。
「また会おう。」
そう言い残してから老人は姿を消した。
熱を孕んだ砂塵混じりの微風が吹き抜けた。
そして、私は磔刑に処せられた。
容赦無く照り付ける太陽の下、私は、その生を終えた。
私が嘗て命を奪ってしまった方々へ詫びを述べながら。
私が嘗て命を奪ってしまった方々の冥福を祈りながら。
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