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バザールから出た私を、燦然たる陽の光が包み込む。
真昼ともあって、街行く人影は疎らだ。
砂塵混じりの微風を浴びながら、私は代官所を目指して歩みを進める。
そこには王都から派遣されてきた代官がおり、この街の行政や裁判、そして防備などを司っている。
この街有数の大商人であった私と代官とは顔なじみの間柄だ。
もっとも、この私が商人であったのは昨日までのことだが。
営んでいた絨毯店の一切は、ここ十年以上の間、私に忠節を尽くしてきてくれた番頭に譲り渡してきたのだ。
家族も持たぬ私に、今や商いも、そして財産も必要無いのだ。
代官所に至る道筋の所々に物乞いの姿を見掛ける。
陽を避けるべく建物の影に身を寄せ、そして地に座り込んだ彼らの姿には、嘗て砂漠にて送った無為の日々を思い起こさせられるような心持ちだ。
物乞い達に歩み寄り、そして、銀貨を渡す。
物乞い達は信じられないといったような表情を浮かべ、地に伏すようにしてお礼を述べてくる。
代官所に入る前、その隣にある孤児院へと足を向ける。
自分の名を伏せ、毎月のように支援をしてきた孤児院だ。
そもそも、代官所に密かに資金を提供して、この孤児院を設立したのも私なのだ。
代官、そしてごく一握りの側近以外は、誰もその事を知らないが。
孤児院の前に辿り着いた私は、音を立てぬように注意しながら入口の扉をそっと押し開く。
昼寝の時間なためか、誰も出て来る様子は無い。
私は袂から財布を取り出す。
恐らく、あと三十枚くらいは金貨も残っているはずだ。
開いた扉の隙間から財布を放り込み、そして、音を立てぬようにそっと扉を閉める。
財布の中には前もって書き置きを入れておいた。
「子ども達のために使って下さい。」と。
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