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二十四年前のその日。
その日は、酷く暑かった。
照り輝く太陽は怒りに震えるかのように光と熱とを撒き散らし、吹き抜ける砂塵混じりの熱風は道行く者を容赦無く打ち据える。
蒼空には雲一つ無く、太陽の暴虐たる仕打ちを止めるものなど何一つ存在しない、そのように思わされた。
だが、こんな時は、俺にとっては逆に好機でもあったりする。
普通の商人ならば、こんな時には街道を行き来したりはしない。
暑さの和らぐ早朝や薄暮のころに移動するか、あるいは暑さが収まる時期を待つか、だ。
こんなクソ暑い最中に敢えて道を急ぐ奴が居ようものなら、そいつは相当な儲け話を腹の中にしまい込んでいることが多いものだ。
そして、こうも暑ければ、商売敵たる他の盗賊どもも大抵は休業中だ。
つまり、誰に遠慮することも無く盗賊稼業に勤しむことが出来るというものだ。
そんな訳で、俺は街道沿いにある大きな岩の影に身を潜め、不運な獲物が通り掛かるのを只管に待っていた。
太陽は中天にて燦々と輝いていた。
情け容赦も無く光の礫を地に投げかけ、一切の慈悲も無く熱を地に溢れさせていた。
熱風が砂塵を巻き上げて荒野を吹き抜ける。
見渡す限り動くものなど無い乾き切った茶褐色の風景。
生有る者を拒むような殺伐とした情景。
その情景は俺にとって、何故か心地良かった。
待つ者も、そして心を暖めてくれる者も持たぬ俺にとって、その景色は俺の心そのものであるかのように感じていた。
他者を拒み、無遠慮に行き交うものの命を奪う。
そんな俺の生き様を代弁しているようにすら思えた。
俺は砂礫の狭間に身を潜め、只管に旅人の姿を待ち続けた。
恰も獲物を待ち受ける蠍のように。
熱気で揺らめく街道の彼方に、一つの人影が姿を現わした。
茶色のフードを頭から被った、やや小柄な旅人だ。
旅人は、その小柄さに似つかわしくない速さで街道を歩み、見る見る間にこちらへと近付いてくる。
そして、俺が身を隠す岩の前をあっという間に通り過ぎた。
旅人のその背丈は子ども程であり、その体型は随分と頼り無さげだった。
商人が携えているような大荷物など持っておらず、獲物としては期待薄だった。
けれども、子どもならば何の苦労も無く仕留められると気安い気持ちを抱いた俺は、身を潜めていた岩陰を離れ、旅人の背後へと忍び寄る。
音一つ立てることの無い俺のその動きは、我ながら至極滑らかなものだった。
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