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俺は、思わず息を呑んだ。
いつの間にかその足を止めた旅人は、忍び寄ろうとする俺の方へと向き合っていたのだ。
俺がこれまで幾度となく旅人に襲い掛かってきた中で、そのような事は一度も無かった。
砂塵混じりの熱風は、近寄る者の気配、そして足音を隠しおおせてくれるものなのだ。
それなのに、俺はこの旅人に、近付きつつあることを気取られていたのだ。
驚きが水面を伝う波紋のように俺の心の中へと拡がっていく。
とは言え、所詮相手は非力な子どもだろう。
気付かれたところでどうと言うことも無い。
俺は気を取り直し、そして、再び短刀を構えて旅人へにじり寄ろうとした。
その時だ。耳が痛くなる程の大音声が唐突に響き渡った。
「おいおい、物騒なもの抱えやがって。
随分とまぁご挨拶だな、このクサレ外道が!」
俺は、呆気に取られる。
そして、狼狽しながら周囲を見渡す。
この大音声が、俺の目の前に佇んでいる、子どもの背丈ほどしかない旅人から発せられたものとは到底思えなかったのだ。
大音声がまたも響き渡る。
「何キョロキョロしてんだ、バカはお前は?
こっちだ、こっち。
暑さで頭でもヤラれちまったのか?」
虚を突かれた俺は、改めて正面の旅人を見遣る。
茶色のフードで覆われたその顔、その顔に浮かんでいるであろう表情、それらを伺い知ることは出来ない。
けれども、この旅人の顔には、俺への嘲りを湛えた蔑みの表情が浮かんでいるに違いない、そのように思った。
俺の心に昂然とした怒りが湧き起こる。
おちょくりやがって、と。
けれども、怒りを覚える一方、困惑もまた抱きつつあった。
何故、この旅人は、俺が近付きつつあることに気が付いたのだ?
周囲に響く、地を震わせるようなこの大声は一体何なんだ?
疑問は次から次へと湧き起こり、そして、戸惑いを呼び起こす。
俺は湧き起こる疑問、そして戸惑いを押し殺すかのように怒鳴り声を上げる。
「ふざけんな、このクソガキ!
ぶっ殺して身ぐるみ剥ぎ取ってやる!」
そして、短刀を構え、早足で旅人に歩み寄ろうとする。
けれども、その旅人との距離は全く縮まらない。
「待ちやがれ、このクソガキ!
とっととぶっ殺されやがれ!」
俺はそう叫び、旅人に駆け寄ろうとする。
けれども、何故か一向に近付くことが出来ない。
駆けても駆けても旅人に近寄ることが出来ないのだ。
旅人は相変わらず俺の方を向いたままなのに、そして、見たところ身動き一つしていないように見えるのに。
それなのに、何故か距離は一向に縮まらない。
変だ、明らかに変だ。
ふと、横を見遣る。
そこには、つい先程まで、その影に俺が身を潜ませていた岩があった。
先程からあれだけ駆けたのに、俺の場所は全く変わっていないのだ。
ヒッ!と声にならない驚きの悲鳴が喉の奥から込み上げる。
俺は思わずゴクリと唾を呑み込み、そして改めて旅人を見つめる。
刹那、突風が吹き抜ける。
突風は旅人が纏う茶色のフードを煽り、その顔を露わにした。
癖のある柔らかそうな金髪、白い肌、そして端正なその顔立ちとが俺の目に飛び込んでくる。
その瞳の色は極めて印象的だった。
旅人の瞳の色、それは蒼だった。
その瞳の色合いは、恰も空の蒼を映しているかのようだった。
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