回想

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怖れ戦慄きつつある俺の耳に、無情な声が飛び込んでくる。 「時間切れだ。  さっさと死んどけばよかったのにな。」 旅人は右手を天へと伸ばし、その掌を広げる。 その様は、まるで空を、そして、燦然と輝く太陽を掴もうとするかのようだった。 旅人の右の手首には、小振りの金色の腕輪が輝いていた。 幾つもの小さな金色の剣が連なった意匠の腕輪だった。 腕輪を彩る幾つもの金色の剣は、照り付ける陽の光を反射してキラキラと輝いていた。 高らかな声が、雲一つ無い蒼空に響き渡る。 「降り注げ、光の剣!」 その声音は、先程までの下卑た調子などではなかった。 その響きは、厳かさ、そして清らかさとに満ちたものだった。 俺は、思わず天を見上げる。 天の彼方で何かが煌めく。 その煌めきは失せることなく、俺の視界の中であっという間に大きくなって行く。 俺は思わずその場を飛び退いた。 刹那、光の塊が視界を過ぎる。 俺がつい今しがたまで立っていた場所。 そこには人の背丈ほどの、細い光の柱が突き立っていた。 その光の柱は、暖かな金色に輝いていた。 光の柱の上端付近は十字状になっている。 あの旅人が『光の剣』などと言っていたことからすると、それは鍔と柄といったところだろう。 危なかった。 本当に、危なかった。 咄嗟に飛び退かなければ、俺は今頃、この『光の剣』とやらに刺し貫かれていたところだった。 危機を切り抜けた安堵は俺の口を軽くさせ、そして、旅人に罵声を浴びせ掛けさせる。 「何が『降り注げ、光の剣!』だ?!  掠りもしなかったぞ。  しかも降ってきたのは一本だけかよ!  ビビらせやがって、このクソガキが!」 俺の罵声に答えるかのように、嘲るような声が響き渡る。 「何を勘違いしてんだ、このクサレ外道!  相変わらずおめでたい奴だな。  安心しろ、これからたんまり降ってくるから。」 旅人のその言葉に思わず息を呑んだ俺は、再び天を見上げる。 幾つもの、いや、数十もの煌めきが天に瞬いていた。 幾十ものその煌めきは、見る見る間にその大きさを増していく。 俺は無意識のうちに悲鳴を上げていた。 そして、その場から逃れようとして必死に足を動かす。 けれども、俺の場所は全く変わらなかった。 俺は焦り、そして恐れ戦く。 このままでは、あの『光の剣』とやらに串刺しにされてしまう。 焦りと恐れ故か、俺の足はもつれ、そして、その場へと俯せに倒れ伏した。 這いつつもその場から逃れようと、必死になって腕を、そして足を動かす。 砂塵が容赦無く、地べたを這う俺の顔へと襲い掛かる。 目に、鼻に、そして口へと砂塵が押し入って来る。 砂塵に噎せ、涙を流し、そして喚き声を上げながら、俺は必死になってその場から這い逃れようとする。 そんな這い足掻く俺の目の前に、音も無く光の剣が突き刺さる。 俺の右にも、そして左にも、次々と音も無く光の剣が突き刺さる。 俺の心を恐怖と絶望とが満たしていく。 俺は内心にて呟く。 もう、駄目だ、と。 俺は思わず仰向けとなり、そして天を仰ぎ見る。 俺の視界の中で、煌めきが見る見る間に大きくなっていく。 仰向けに倒れ、周囲に光の剣を突き立てられた俺には、一切の逃げ場も、そして一切の為す術も残されてはいなかった。 煌めきが視界一杯に拡がる。 そして。 音も無く、俺の臍の下に光の剣が突き刺さった。 痛みを感じる暇も、悲鳴を上げる隙もなく、今度は右の脇腹へと光の剣が突き刺さる。 そして、立て続けに胸の真ん中へと光の剣が突き刺さる。 不思議なことに、痛みは全く感じなかった。 しかし、これまで感じた事など無い程の凄まじい熱が、俺の全身を包み込む。 俺の口は、知らず知らずのうちに絶叫を迸らせていた。 それは、体のあらゆる部位が押し寄せる熱に戦慄(わなな)いているようでもあった。 光の剣が伝える熱に身体を()かれながら、頭を左右に打ち振りつつ、俺は叫び続けた。 体中の全ての空気、そして精魂を吐き出してしまうかのように。 糸はふっつりと切れるかのように、俺の肺腑(はいふ)は絶叫を絞り出すことを唐突に止めた。 俺の意識は暗闇の中へと四散して行った。 そして、吸い込まれるようにして溶けていった。
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