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「エスカレーターって、立ち止まっていようが勝手に進んで行っちゃうじゃないですか。それが人の一生と同じなんで、どっかの偉い方が人間の世界とは別にこの部屋を作ったらしいですよ。人生を象徴する場所として」
ふーん、そうなのか。1週間何もしなくていい時間が欲しいだなんて、なんだか大それた願い事をしてしまった気がする。私は単純にベッドでゴロゴロする日が何日か欲しかったんだけどな。
「わかりました。ありがとうございます。ところで一つ聞きたいんですけど、足の痛みがなくなったのはなんでですか?」
実は足だけでなく、体中から倦怠感が消えていた。
「ああ、ここは通常の人は入れない人生の部屋ですので、美潮さんには今特殊な体になってもらっているんですよ。ほら、他の方々のように」
星頭が隣のエスカレーターを指した。
「果凛!?」
塾に行くと言っていた親友は、私より3段くらい下にいた。
今年中学生になったいとこも別のエスカレーターに乗っているみたいで、ずいぶん下にうっすらと見える。
「エスカレーターの段の差は、年齢順か何かなんですか?……っていうか、なんでみんないるの?」
目を凝らして右側を見渡すと、だいぶ上の方にお母さんやお父さんがいるのを見つけた。
「美潮さんご名答です。あなたたちは生まれた瞬間からエスカレーターに乗っているので、歳を取っている人ほど上にいるんですよ。そして追い越すのは……」
星頭がさっきから偉そうに語っているけれど、そんなことよりも果凛が微動だにしないことの方が気になった。果凛だけじゃなくてお母さんもお父さんもみんな、じっとしている。
「おわかりいただけたでしょうか」
「あの、もう一つだけいいですか。私以外誰も動かないのはどうして?」
得意げな星頭に遠慮なく質問を飛ばす。
「それは、先ほど言ったようにここが異空間だからですよ。お隣に乗っているのは、果凛さん本人ではなく分身みたいなものです」
そしたらみんなは人生がエスカレーターなことに気づかないまま、一生を終えるのか。止まりたくても止まれないのが人生だってことは、知らない方が幸せなのかもしれない。
上り続けるエスカレーターの機械的な音に包まれながら、そんなことを考えた。
「やっぱり私、もう少しここにいてみることにします。どうせもう来られないなら、1週間くらいここにいてもいいかなって」
退屈だろうけど、いろいろ気づく時間になるんじゃないかな。
「まったく。本当に気分屋ですね。では、私はこれで」
最後まで私に悪態をついていた星頭は、強烈な光を発したかと思ったら、次の瞬間には消えていた。
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