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ごめんね、重い話に長々と付き合わせてしまって、と申し訳なさそうに彼は言う。
壁の時計の針は、1時を少し回ったところを指している。
大丈夫です、仕事ですからと答えた後、どちらも話すことなく沈黙する。
本来ならばこのような間を作ってはならないのだが、そこまで気を回すほどの余裕がなかった。
しばらくして、電話の向こうの父が口を開く。
「スミレさんは一人暮らし?ご実家?」
「一人暮らしです」
反射的に答えたが、しまった、疑われないように実家と言うべきか?と言った後に後悔した。だが声を聞いても娘とわからないくらいだし、と開き直る。
「たまにはお父さんやお母さんに連絡してあげてね、年寄りのお節介だけど」
努めて明るい声を出す父に、なぜか胸が痛んだ。父のことなどどうでも良いと思っていたのに。
「…そう、ですね。明日にでも電話してみます」
私も無理矢理笑って明るい声を出した。微塵も思っていないことを言うのは難しい。
じゃあそろそろ、と彼が言う。
「聞いてくれてありがとう」
優しい声が耳元で響く。
何故か泣きそうになり、慌てて私もありがとうございますと返して誤魔化す。
「じゃあ、おやすみなさい」
「…おやすみなさい」
私がそう言った後、ぷつん、と電話が切れる。
通話を終了した真っ暗な画面に、呆然とした表情の私がひとり映っていた。
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