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一瞬で頭がパニックになる。
こういう時はどうすればいいってヤマダさんは言ってたっけ。切ったらまずいよね。でも私って気づいてない?でもじゃあ息を呑んだのはなんで?どうしよう、どうするべき?どうしよう──
「…少し、僕の話し相手になってくれますか」
焦る私の気配を察したのか察していないのか、お父さんは落ち着いた声でそう続けた。
電波が悪いと言って切ってしまうのも一つの手ではあったが──おそらく私だとは気づいていない。ここで変に声を変えたら逆に怪しまれる。それに別に性的なサービスじゃないんだから。
聞こえないように小さく深呼吸をして呼吸を整え、私は口を開いた。
「すみません、少し電波が遠くてお返事遅くなりました…はい、ぜひお話しください。お客様のことは何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「では…サトウさん、でお願いします。」
サトウは父の苗字でもあり、私の苗字でもある。つまりは本名だ。本名で利用する人も珍しい。
「かしこまりました。サトウさんはご利用初めてですよね?私を選んでくださってありがとうございます」
私は平然を装って見ず知らずの他人のフリをする。
本名を使ってくるのはこちらが娘だと気づいているからか、いないからか。
「ええ…こちらこそ、話し相手になってくださってありがとうございます。…スミレさんはおいくつですか?」
そう聞かれ、逡巡する。
実際の年齢を答えるべきか否か。
サイトには基本的に『スミレ(20代女)』と、大まかな年齢しか載っていないのでたまに年齢を聞かれるのだ。
いつもは話の流れもあるが、「いくつだと思いますか?」と軽く聞き、お客さんが答えた年齢の1つか2つ上だと答えている。
だがこの流れでふざけるのも躊躇われる。
「…今年で、21になります」
迷った末、実際の年齢を答えた。
「そうなんですね…娘と、おそらく同じ年齢です」
唐突に出てくる娘という単語に心臓が跳ねた。動揺を隠しつつ、娘さんがいらっしゃるんですね、と答える。
「ええ、年齢もきちんと覚えていないくらい…僕は父親としてあの子に関わってこなかったんだと今更思ってます」
父が父としての自分を語るのを聞くのは初めてで、見ず知らずの他人であるはずのスミレとして話を聞くのが申し訳なくなってきた。なんだか親の秘密の話を聞いているような気分になる。
しかし電話を切るわけにもいかない。
どう返事をしようかと迷っている間に、父は少しずつ、語り始めた。
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