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祖父に怒鳴りつけられるのは毎日のように続いた。
子供心にも怒鳴られるのは理不尽だと思うことが多く、まだ「その場をやり過ごす」ということを知らない頃の私は何度も反発した。
生まれたばかりの妹が泣いているだけで、祖父は
「うるさい!泣き止ませろ!それも満足にできないのか!」
と、私を怒鳴りつけた。当時母は体調を崩して入院しており、妹の面倒を見る人間は父や私や弟しかいなかった。しかし父や弟に怒鳴りつけなかったのは、「育児は女の仕事」だと思っているからだろう。
「なんでそんなこと言われなくちゃいけないの!」
私は何度も噛み付いた。そんな私を祖父は罵声で黙らせた。
父は祖父を止めるのではなく、私に
「もうやめなさい」
と言ってばかりだった。その頃から父を信用することをやめた。
家を出る時だってそうだ。父は私の味方など一度もしなかった。
思わずそんな言葉がわっと口から飛び出そうになり、ぐっと唇を噛んで堪える。
「娘には娘の考え方や生き方があったはずなのに、僕はそれを押さえつけていたんですね…父親としてあるまじき行為だと今更思うんですが」
本当にその通りだよ、と言いたくなるが、私は今スミレである。彼の娘として話しているのではない。
「…なぜ、今日それをここでお話しする気になったんですか?」
代わりに、疑問に思っていたことを問う。声が掠れ、なかなかうまく発声できなかった。
そうだね…と言ったきり、彼は沈黙する。
私は慌てて、
「すみません、答えにくい質問でしたら無視していただいて構いません」
と付け足す。
「いや、ごめんね、言いたいことをまとめていたんだ」
と父が小さく笑う。君は気遣いができる子だね、とも。
「…娘にはもう家に戻ってきて欲しくないから、かな」
真意を測りかねて問う。
「それは…どういう意味ですか?」
彼は落ち着いた声で答えた。
「本当は娘に直接言いたいし、言わなければならないんだろうけど…彼女には戻ってきて欲しくない。こんな家に縛り付けていてはいけない。きっと僕が伝えたいと思うことすら、親のエゴなんだと思う。だから…懺悔というか、誰かに聞いて欲しかったんだ」
そんなことで懺悔になると思うな。赤の他人に話して許されるなら警察も刑務所も要らない。心の中の私は怒鳴りつけるが、今の私はスミレだ。彼とは何の面識もない、赤の他人のスミレだから。
「…きっと娘さんもわかってくれますよ」
唇を噛み締めてそう言った。そうだといいんだけどね、と彼は哀しげに笑った。許されることはないことは自分が一番わかっている、と言いたげに。
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