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碧人:木崎家
12月末日。
いい歳して、何をこんなにそわそわしながら年越すのを待ってるんだか。
学校では最後の最後まで試合にテストに大忙しだったから、あの日以来凛とはまともに話をしていない。
「明日、ほんとに来るのかなぁ」
餌をやった熱帯魚を眺めながらぼんやりとする。
時間は午後八時過ぎ。
そろそろトカゲ達にも餌をやらなければならない。
「水槽は昨日洗ったし、ニコのブラッシングは明日でいっか。それから…」
色々考えているとカウンターの上に置いていたスマホがぽこんと音を立てた。
横目で流し見て後にしようとしたが、画面に映し出された「凛」の一文字に足を止めた。
「明日のことか…?」
やっぱりやめる。
なんて一言を恐れながらラインを開いたが、その内容は全く逆のものだった。
「今から、来る!?えっ、今から!?それって泊まり!?コタツで寝るからって…いやいや、風邪ひくじゃねーか!!」
慌てていると、きっちり五分後にインターホンが音を立てた。
「は、早っ。あいつチャリで来たな!?」
すっかり油断していた俺は、前髪をぴょこんと一つ括りにした上に眼鏡姿なのも忘れて玄関に向かった。
「はいはい、ちょっと待ってって!!何回も鳴らすなよ、凛!!」
扉を開けると、薄着のままがちがちに震えている凛がいた。
「あ…あお、ごめ…。入ってい?」
「なっ、何で上着も着てないんだよ!?早く入れって!!」
凛は自転車のカゴから大きめの籠を取り出して中に入って来た。
「お邪魔し…まぁす。えと、スリッパ…?」
「いいからそのままコタツ行け、コタツ!!これ一体何持ってきたんだよ!?」
籠を受け取るとタプンと液体の感覚が伝わってきた。
「まさか」
「あ、それお蕎麦セット」
「だ…ダシ?」
「たぶん」
こたつに入った凛は猫みたいに背中を丸めた。
「で、凛。この状況は何なんだ?」
「さっき風呂上がりに母ちゃんに明日のこと話したんだよ。そしたら母ちゃん、それなら碧人くんが今一人じゃないのー!!って急に騒ぎ出して、蕎麦セット渡されて、行けって放り出された」
「そ、そっか。それはなんか…逆に悪かったな」
芳恵さん…。
嬉しいけれど、喘息持ちの我が子を寒空の中薄着で放り出すのはやめてあげてください…。
「ま、それならゆっくり泊まってけよ。せっかくだし蕎麦食うか」
「ん。今すぐ熱いダシすすりたい…」
「分かった分かった」
手伝いどころか、餌を与える数が増えてしまった気がする。
ニコとココに擦り寄られている凛が、何だかほんとに三匹目のにゃんこに見えてきた。
「せ、世話したい」
生麺をゆがきながらつい本音が漏れると、鳥籠の中からオウムのチョーがうるさく騒ぎだした。
「アオト!!アオート!!チョット、ハヤク、チョウダイヨネー!!」
「あぁ分かったって。うるさいから騒ぐなよ」
「チョット、ハヤク、アオート!!アンタ、カワイーンダカラ!!」
「分かったってば」
我が家の悪戯猫すら避けて通る程チョーは毎日騒がしい。
俺はひとまず箸を置くと先にチョーの餌箱に餌を放り込んだ。
丹念に手を洗い直してから蕎麦を仕上げ、コタツで丸まる凛に声をかける。
二人で食べているはずなのに、周りが騒がしいせいで中々に賑やかな年越し蕎麦だった。
「はぁ、お腹いっぱい!あったまったぁ…」
「凛、鉢貸せよ。ニコにひっかけられる前に片付けとく」
「あ、洗い物は俺も手伝うよ」
さっさと片付けると次はそれぞれのペットへ餌をやらねばならない。
凛は後ろからついてくると興味深げにそれを見ていた。
「え、すごい。あのトカゲこんなに大きくなったの?ってかまた増えてない?」
「兄ちゃんが好きだからなぁ。蛇も飼いたいって言ってたけど、母さんが大反対して大揉めに揉めたんだ」
「それは…なんて言うか、大変だな」
「大変なんだよ。餌がラットとか言われたら流石にちょっと代わりに世話できない」
「うわぁ」
「こいつらだって今は成長して人工フードだけど、ちょっと前までは昆虫食ってたんだぜ」
「うわあぁぁ」
あまり虫が得意でない凛の顔には、ありありと「よくやるよ」と書いてある。
俺は餌をやり終えるとパチンと蓋を閉めた。
「えーと、あと残ってんのはハリネズミだけか」
「え、ハリネズミ!?俺ハリネズミって本物見たことない」
「小動物は姉ちゃんとひーちゃんが好きだからなぁ。次は隣の部屋。あ、どの部屋も扉は絶対閉めといて。ニコとココが入るとまずい」
「何か…家族も多いのにすごいよな。共存って感じ」
「まぁ、俺はもうそれに慣れてるけどね」
赤ちゃんみたいなハリネズミをあやしながら餌をやっていると、しばらく俺を見ていた凛が急に何か閃いたように手を叩いた。
「そっか、この空気感だ。だから碧人はモテるんだ」
「な、なんだよ急に…?」
「碧人って、雰囲気もだけど、手つきとかも何か…えと、優しい?感じだしさ。謎の包容力があるっていうか。それってこの環境で育まれてる気がする」
「手つきって、なんかエロいな。俺そんな手してる?」
冗談で言ったが、免疫ゼロの凛はボッと赤くなった。
「そんな褒め方してないだろ!?ったく、この節操なしの天然流し目めっ!!」
「え、ちょっ、何それ嬉しくない。俺そうなの?それただの変態みたいでなんか嫌なんだけど」
凛はぷいとそっぽを向いて腕を組んだ。
「誰にでも好きだとか言ってんだから、充分節操なしだろ?」
「は!?誰にでも言うわけないだろ!?」
「だって俺にまで言ったじゃん!!」
「言ってない!!」
「言った!!」
「い、いつ!?」
「この前!!」
「…。本当に…?」
「え、だってこの前俺の家に泊まりに来た時に、その…」
おかしくなった空気に凛が口籠る。
沈黙が訪れると、更に気まずい空気になってしまった。
俺はとりあえずハリネズミをゲージに戻してやると、真っ白になった頭をかき眼鏡を外した。
「…ごめん。俺風呂入っていい?」
「え…、あ、うん」
「今の、後でちゃんと聞くから」
「え、あの、あお…」
凛を残して扉を閉める。
ふらつく足は風呂場に向かうと、何とか染み付いた習慣でシャワーを浴びた。
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