凛:本音

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凛:本音

後でちゃんと聞く。 碧人は問題の一言を残してシャワーを浴びに行ってしまった。 残された俺は一人冷や汗を感じながらコタツに戻った。 とんでもない引き出しを開けてしまった…の、かも、しれない。 ゴツンとテーブルについた頭を両手で抱えこむ。 「う…うわぁ。後で聞くって…、な、何て言えばいいんだよあんなモン!!」 あの日の夜が鮮明に蘇ると、体が一気に熱くなった。 すきだとか、俺だけのものになってとか、あんな寝落ち寸前に囁かれたものを自分の口で伝えなければならないのだろうか。 「いや、無理だ!!無理だし、あの真意を聞くのもなんか恐い!!」 一人悶えていると、ニコがすりすりとすり寄って来た。 「ニコぉ。俺ってなんで余計なことすぐ口にしちゃうんだろ。どうすればいいと思う…?」 にゃーんとしか言ってくれないニコは相変わらず可愛い。 手入れの行き届いた毛並みはツヤツヤだし、スコティッシュフォールド特有の丸顔も垂れ耳も癒しでしかない。 一緒にごろごろしていると、少しだけ今の状況を忘れてぼんやりとなった。 目を閉じて微睡(まどろ)んでいたが、洗面所の扉が音を立てて開くとニコと共に飛び起きた。 さっぱりしたはずの碧人が、まだどこか冴えない顔で出てくる。 台所に入り水を一杯飲むと、俺の前に正座した。 俺もニコを抱えながら思わず正座だ。 「あ、あの、碧人…?」 「何を聞いてもちゃんと受け入れる。受け入れるので、どうぞ」 黒猫のココが碧人にすり寄ると、碧人も俺と同じようにココを前に抱き抱えた。 「えと、どうぞって言われても…」 互いに猫を抱えながら俯く。 …なんだ、これ。 今一体何が起きてるんだ。 「や、やっぱりもういいんじゃない?わざわざそんな気まずい思いしなくても」 「気まずい…ことを、言ったんだよな。俺が」 「う…」 「ちゃんと、教えてください」 ココごと頭を下げられてはもう逃げ場がない。 俺の頭はパニック寸前で、苦し紛れに思いついたことを口にした。 「えと、じ、じゃあ、碧人も、教えてよ」 「え…?」 「バスケの話になった時、いつも何か言いたげな顔してるじゃん。あれ、教えてよ」 「それは…」 碧人はかなり気まずそうに口籠った。 無意識にココをもふもふしながら犬のような上目遣いになる。 「俺が言ったら、ちゃんとお前も教えてくれる?」 「まぁ、その、まぁ、…うん」 二人の間にまた変な沈黙が生まれる。 碧人はココを離すと、おずおずと言った。 「凛…。まだ、勉強…できないの?」 「え…」 意外すぎる質問に俺の思考がぎしりと鈍る。 碧人は言葉を口の中で探しながら訥々(とつとつ)とこぼした。 「前も、まだ辛そうだっただろ?」 「…」 「入院してからだよな?全く出来なくなったの。補習だって…、あれだけ行かされてるの、おかしくないか?」 「…」 碧人が言い出しにくいはずだ。 それは、関係者以外誰にも話したことのない俺が抱えた一種の心身症だった。 長期入院明けに久々に行った学校。 そこはもう、俺を置いてとっくに時間が進んでいた。 築き上げられた人間関係、全く理解できない勉強、知らない会話。 初めは焦って何とかしようと頑張った。 遅れを取り戻そうとかなり努力もした。 だが体はついていかない。 結局、何度も退院と入院を繰り返しているうちに、もう何が何だか分からなくなってしまった。 ある日を境に、俺は勉強に向き合うだけで頭が真っ白になり、全く集中出来なくなっていたのだ。 親は気にしなくていいと言ってくれた。 どうしても無理なら、じぃちゃんの経営する旅館で最終的に働けばいいからと。 担任も理解を示してくれた。 補習にて自分のペースで勉強を進められるなら、卒業も保証すると。 俺はその言葉に励まされ、何とか騙し騙し今も学校に通っている。 でも…。 「やっぱ、ちゃんとやらなきゃ…甘えだよなぁ」 言葉にしただけで手は細かく震えた。 どうして、碧人には分かったのだろうか。 何とか笑って誤魔化したいが、固まった表情筋は思うように動かない。 俺は自分が情けなくてニコを抱きしめる手に力を込めた。 迷惑そうに、逃げられたけれども。 「凛」 名前を呼ばれてびくりと肩が強張る。 碧人はそんな俺に躊躇いながら言った。 「ごめん。責めてるとかじゃなくて、正直に教えてほしんだけど…」 「…」 「もしかして、それって俺のせい?」 「へ…?」 全く予想外のことを言われて思わず顔を上げる。 碧人の薄茶色い瞳が不安げに揺れている。 「凛は気にするなって言うけど、俺がバスケを続けてることも凛に見えない負荷を与えてるんじゃないかなって…」 「な、そ、そんなわけないだろ!?」 自分でも驚くほど大きな声がでる。 鳥籠からはバサバサと羽根の音が返ってきた。 「俺…俺は!!碧人がバスケ続けてくれてるの、嬉しいんだよ!!」 「嬉しい?」 「だって、お前のバスケは全部俺が教えたんだ!!お前のシュートの打ち方だって、今でも俺とそっくり同じじゃないか!!」 感情が昂った俺は、体から力を抜くと碧人の膝にへなへなと額を寄せた。 「なんだ。お前ずっと、そんなこと気にしてたの?」 「…」 「バカだな。そんなわけ…。なんで、碧人はそんなに俺に…」 こんな俺に、碧人は優しい。 いや俺だけじゃなくて誰にでも優しいのは、知ってるけれども…。 両手を床につき、伺うように見上げる。 「碧人に勉強教えてもらった時、さ。俺あれでも久々に集中出来たんだよ。碧人の声ってやっぱりなんか安心するから…」 ああ、こういう気持ちなのかな。 今なら何だか、言える気がする。 「俺だって、碧人を独占したい時くらいあるよ」 「え…」 「お前が言ったこと。すきだから、俺のものになってって」 碧人は小さく息を飲んだ。 体を起こし、じっと碧人の反応を待つ。 躊躇いがちに伸ばされた手を、俺は無抵抗のまま見ていた。
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