凛:夕立ち

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凛:夕立ち

再認識。 夏はやっぱり嫌いなんだってば。 眩しい光に誘われて、こうやって調子に乗るから痛い目をみる。 「げほっ、げほっ、は、はぁ、まずっ…」 結局シュートの打ち合いだけじゃ物足りなくなった俺と碧人は、気付けば五時までボールをついて遊んでいた。 「凛…!買ってきたぞ!水だ水!」 咳が止まらず(うずくま)る俺に、碧人が急いで近くの自販機で買ってきた水を差し出す。 俺は携帯している薬と一緒に冷えた水を飲み込んだ。 「う…はぁ。ありがと碧人」 「ごめん。ごめん凛。俺、なんかめちゃくちゃ楽しくって、凛の体とか何にも考えてなかった」 「なんで碧人が謝るんだよ。俺だって楽しすぎたわ」 俺がへらりと笑うと、碧人は一瞬だけ泣きそうな顔になった。 咳が途切れてくると、やっと体を起こして座り込む。 年齢が上がればましになると言われていた発作も、俺に限ってはしつこくまとわりついてくるようだ。 「はぁ、咳き込み疲れた。帰るの億劫だなぁ」 「俺が家まで送ってくよ」 「いや、流石にそこまでは…」 「どうせ近所なんだからいいって」 言い出すと碧人は絶対に引き下がらない。 申し訳ない気もするが、こういう時に一緒にいてくれるのは正直心強い。 ここは素直に好意を受け取ることにした。 「悪いな。勝負だって碧人が勝ったのに」 あっさりというか、最初のシュートゲームはやはり碧人が五本とも決めて終わった。 まぁ、それが悔しくて一対一を挑んだのが今回の事態を引き起こしたわけだが。 碧人は俺の隣に腰を下ろすと、長い足を伸ばし校舎を見上げた。 「そうだな。ジュースだけはちゃんと奢ってもらわないとなぁ」 「え、あれって俺が勝った時だけ奢ってもらえるんじゃないの?」 「甘い甘い。勝者にはちゃんとご褒美がいるものなのです」 「ちぇー。じゃあ今度な」 俺も碧人と同じように足を伸ばすと、二人で暗くて静かな校舎を眺めた。 「もう誰もいないのかな」 「やば。校門まだ開いてんのか?」 「閉まってたら乗り越えよう」 「あらら、優等生の碧人くんのセリフとは思えないな」 この時はまだ呑気に笑っていたが、俺たちは頬を僅かに撫でる冷たくなった風に気付いていなかった。 「よし、そろそろ帰ろうか」 俺の体調が落ち着いたのを見計らい碧人が立ち上がる。 深く息を吸いながらぐっと伸びをしていると、その鼻先にぴとんと大きめな雨粒が落ちてきた。 「えっ」 「凛、やばい。空、空」 空を見上げると、何故気付かなかったとしか言えない大きくて真っ黒な雲がでんと構えていた。 俺と碧人は顔を見合わせると慌ててゴミと荷物を回収した。 「鞄!!碧人、鞄持ってきて!!鉄棒の下!!」 「おう!!あ、凛スマホ忘れてるぞ!!」 「やばっ」 バタバタと鞄に全てを詰め込んでいると、さっきは一粒で襲来してきた雨粒が、今度はとんでもない大群を引き連れて大地を叩きつけ始めた。
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