凛:ざわめき

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凛:ざわめき

「よし、俺の勝ち!」 俺がガッツポーズをすると、碧人はふらふらしながらコントローラーを手放した。 「ふ…わあぁ。さすがに、眠ぃ」 「あとちょっと、あと一戦だけ!」 「お前、なんでそんな元気なわけ?」 楽しい夜を終わらせたくなくて、俺は眠そうな碧人の肩を揺すった。 「もう限界?まだ二時だぞ」 「ムリ。歯磨きしたいぃ…。凛、連れてっ…て…」 「あ、碧人!?ちょ、分かったから起きろって!」 両手を引っ張り起こすと、碧人はそのままもたれかかってきた。 「っとと!」 「…はこんで」 「ええー!?」 こんなでかい奴を一階まで運ぶ自信はない。 ない…が、普段人に甘えない碧人にねだられては無下に出来ない。 「階段は自分で降りろよ?」 「んー」 引きずるように廊下に出ると、碧人は何とかそれに合わせて歩いてくれた。 半分寝ながら歯磨きを終わらせ、帰りもまたもたれかかってくる。 俺は肩を貸しながらふらふらと階段を登った。 「よ、いしょっと。アオ、重いー。着いたぞ。布団持ってきてやるから転がって待ってて」 ベッドに降ろしてから離れようとしたが、服の裾を軽く引かれた。 「離れたら、寒い」 「だから、今布団持って来てやるってば」 「やだ」 「やだって何だよ?そのたまに出てくるイヤイヤ期は何なわけ?」 離そうとしない碧人の手を軽く叩いていると、逆に手首を掴まれた。 まずいと思う前に引き摺り込まれ、碧人は俺を捕食するかのようにがっちり抱え込んだ。 「あ、碧人ぉ!」 「このままでいい」 「いいわけないだろ!?シングルベッドに男二人なんて狭すぎるわ!」 「りん、しー…」 「しー、じゃねぇよ!」 どう見ても碧人の意識は半分もない。 元々部活で疲れきっていただろうに、限界まで無理をしていたようだ。 「ちぇー、それなら最初からイヤって言えばいいのに」 自分勝手だと承知の上ですねていると、寝落ちしたと思っていた碧人が耳元で囁いた。 「イヤじゃないよ」 「うっ、み、耳…!」 身体中がぞわぞわして顔が熱くなる。 堪らず身を捩ったが、碧人は離すどころか逃さぬよう身体中で抑え込んできた。 「あ、碧人!?寝ぼけすぎ!」 「りん、しー…」 「しーって!」 どうする事も出来ずに黙り込むと、部屋の中は涼しげに重なる鈴虫の声以外何も聞こえなくなった。 俺はそっとため息をこぼした。 「なぁ、碧人」 「…」 「なんで、あの時あんな事したの」 言葉にしてからハッとする。 気にしないでおこうと決めたのに、自分から聞いてどうするんだ。 「ごめん、やっぱり何でも…」 「…きだから」 「へ?」 「りんが、すきだから」 「…」 「なぁ、りん」 「な、なに」 「おれだけのものに、なって」 二秒後に聞こえた、碧人の健やかな寝息。 俺は急に一人にされて戸惑った。 何だ、今の。 すき? 好き? 碧人が、俺を? いや、俺だって碧人は好きだけど。 でも、なんか今のは違うような。 「俺だけのものにって…」 それは、もはや特別な意味なのでは…。 考えれば考えるほど体温が上昇していく。 碧人の腕の中にいることが急に恥ずかしくなってきた。 分からない。 分からない。 碧人の「すき」が。 でも、もしかしたら今のは小さな子どものような「すき」なのかもしれない。 「イヤイヤ期、だし?」 …そうだ。 そうかも。 甘えてる延長で言ってる感じだったし。 だって碧人が俺に特別な「好き」を持つはずがない。 自分で出した結論に少しずつ速まった鼓動が戻っていく。 なんだ。 なぁんだ。 ああ、びっくりした。 そりゃそうだわ。 俺は大いに納得して体から力を抜いた。 ホッとした。 ホッとした…けど。 「なんか、ちょっと」 何だろうこれ。 胸のざわめきには蓋をして閉じ込める。 俺は耳元で聞こえる寝息と鈴虫の声を聞きながら無理矢理目を閉じた。
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