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あれからずいぶんと長い時間が流れた。
利き耳によって僕に好意を寄せているとわかった取材先の女性と結ばれ、今では我が子の通う中学校に取材で足繫く訪れる毎日だ。
一度習得した利き耳は衰えることはなく、左耳を相棒に、休む暇もなく取材に駆けずり回ってきた。
不確定要素の多い仕事がら、たまの休日も「おやすみのところすみません」と部下から判断を仰ぐ電話がかかってくるが、夕刊校了後に要領よく休む生活リズムはもはや体に染みついている。
社内の編集会議では、参加者それぞれの求めるものを総集して結論を提示する僕は、皆から信頼された。
昨年からは、佐々木社長の後任で僕が代表取締役を務めている。
相変わらず地元だけの弱小新聞社だけれど、大事なのは会社を大きくすることばかりではない。
この規模のおかげで、社長という肩書きを持ちながらも、デスク作業の傍らで、現場に出て取材を続けることができている。
現在、僕が特ダネ候補として探しているのは、ほかでもない。若き日に利き耳を授けてくれたあの恵比須顔の男だ。
初めての給料日に男の自宅兼オフィスへと赴いて受講料を払ったきり、固まった休みを取りづらい日々の中で、すっかり忘れていたのだ。
数年前にふと思い出してあの場所へ行ってみたときには、家は取り壊され更地になっていた。
今どこにいるとも知れない男の消息を掴もうと、必死に聞き耳を立てている僕の存在に、利き耳を操るあの男は気付いているはずだ。
『聞き耳を立てる者に、利き耳の極意を明かすべからず』
あの日、訓練の前にサインした誓約書の文面が思い返される。
取材対象として利き耳の謎を探る僕の前に、二度とあの男は現れないような気がした。
やはり聞き耳を立てるというのは品のないものなのだろうか――。
利き耳を教わる以前の、休みボケした若かりし自分に、今日も僕は問うている。
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