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通路にいるときは四方から飛び込んでくる波が干渉し合っているようだったが、目についた一社のブースに入ると揺らぎが収まって、耳の中で音波が実像を結ぶのがわかった。
マイクの音声の合間で、外には出ないはずの他人の心の声を利き耳が拾っていく。
「我が社は主軸である当事業で市場一位を獲得しており、即戦力となる新規人材を採用することでますますの活性化を……(っていうか、手っ取りばやく入って粛々と言いなりになってくれれば誰でもいいんだけどな)、日本の将来を担う仲間たちを私たちは……(どうせ使い捨てだしさ)」
耳と目は内部でつながっているとは聞くが、実際このとき耳から入ってきた情報には目まいがするようだった。
一見にこやかな採用担当者だが、会社説明を聞いている求職者の中に、使い勝手の良い従順な人材がいないか、虎視眈々と聞き耳を澄ましているのが知れた。
僕はそっとその会社のブースを離れた。
利き耳の用途を理解した僕は、そこから何社もブースを回った。
名の通った企業でも、下心あふれる聞き耳を晒している会社は珍しくなかった。
そんな中で異質な音波を放っていたのは、ローカルニュースを主に扱う、新興の新聞社だった。
周りの華やかなブースに比べ、担当者は地味な顔つきで垢抜けておらず、年齢も僕とそう変わらないように見えた。
「弊社が力を入れているのは、地元ならではの人の温かさが伝わる記事で……(まぁ忙しいんだけどさ、人の生き様が垣間見えるこの仕事、俺は嫌いじゃないんだよなあ)、小さな媒体だからこそ書ける話題の魅力から発行部数を伸ばしていて……(やらされ仕事じゃなくて、自分で生み出すことを一緒に楽しめるような後輩がいいよなあ)」
新聞社といえば、休みのない激務のイメージしかなかった。
しかし、まだ見ぬ仲間の存在に聞き耳を立てる彼の心の声は、多忙を上回るやりがいをあらわにしていた。
そしてそれは、それから一か月後、面接で顔を合わせた数人の面接官も同様だった。
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